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第189話
「アゼル、アゼル。アリオたちによると、問題はなにもなかったらしいぞ。夏眠しそこねた冬の魔物が暴れていただけで、美味しく食べると被害がなくなったらしい」
「終わりよければ、で済まねぇのが国を治めるってことなんだよバカチン。俺は空軍の報告書と照らし合わせて対応を練るんだぜ? 問題なかったっつっても俺が把握しておかねぇと、なにかあった時に後手に回っちまうだろうが。そこんところをよーく体に教えてやらねぇとあのバカ共はわからねぇんだよ」
「うっ……そうだな。その通りだ」
「と言うより、俺がシャルに甘いからってなんでもかんでも許してやると思ってやがるのが癪だ」
アゼルはフン、とそっぽを向く。
若干お怒りポイントが予想と違った気がするが、アゼルの言い分はもっともだ。
ぐうの音も出ない正論に、俺の眉がションと下がった。
魔族ルールとはいえ八つに裂かれるトリオを思うと、平和好きの人間な俺は眉が下がってしまう。
アゼルの言い分がよくわかるから、ワガママは言えないが……うう、いけない。
情が入るとダメだな。
俺の旦那さんは魔王様なのだから、俺もしっかりしないと。
「そんな凶悪な眉で俺を誘惑したってダメだぜ。俺だってたまにはお前のオネダリに厳しく対応するんだ。いいな?」
「ああ。わかっているとも。三人には俺から言っておく」
「ならいい」
アゼルはチッ、と舌を打って、俺を見つめた。わかっているともう一度頷く。
しかし報告書の遅れの影響を確認し、また俺を見つめる。みたびわかっていると頷く。
するとアゼルは目端をキッと吊り上げ、指先でクイクイと自分のそばに来るよう、俺を呼んだ。
なんだろう?
アゼルの邪魔をしないよう、そろそろお暇しようかと思っているのだが。
近づくと、ヒョイと膝に乗せられ、機嫌が悪そうに眉間にシワを寄せながらもじっくりと抱きしめられた。
「アゼル?」
「…………一日」
「ん?」
「お前の眉で、せいぜい一日だぜ」
「んん?」
よくわからないが、アゼルは俺の眉によって一日だけ期日を伸ばしてくれるみたいだ。
「だけど、報告が遅れるとお前が困るんじゃないか? 言っておいてなんだが、それは嫌だな。俺が手伝うことはできないのだろうか……」
「その発言で俺の処理能力が上がる。三日待ってやる」
増えてしまった。
理屈は不明だ。けれど、アゼルが俺に免じてアリオたちに猶予を与えることにしたのはよくわかる。
「アゼル……俺のオネダリに弱すぎるぞ……?」
「弱くねぇ。ちゃんと問題がないかを脳内試算してからだ。厳しく見積もって三日だ。これ以上は待ってやらねぇし、お前は俺にうんとサービスするべきだ。そうだろ?」
「そうだな。うんとサービスしよう」
ちょっと嬉しい。
いや、かなり照れくさい。
真剣にそう言うアゼルをぎゅっと抱きしめ返して頭をポンポンとしながら、俺はアゼルが俺に甘くて、不謹慎ながら喜んでしまった。
ダメだな。魔王としてのアゼルに俺個人のお願いを聞いてもらうのはよくない。
半信半疑だったが、アゼルが本当に俺のお願いには頷くとわかった今、俺はそういうことを言わないようにしなければいけないだろう。
だけど、今は──公私混同。
「ふふ、アゼル」
「あ?」
「仕事を増やしてしまったぶんは、きっちり手伝う。だから、もう一つだけオネダリを聞いてくれないか?」
「好き放題言いやがれ」
顔を上げたアゼルが、いつも通りの仏頂面で俺がオネダリするのを今か今かと待つ。
恥ずかしくて頬が赤くなった。
誤魔化すために照れ笑いを浮かべる。
「あのな……」
「ん」
コソリとアゼルの耳元に唇を寄せ、囁いた。
「今夜は、早く帰ってきてほしいんだ。……いつもより大胆な俺で、サービスするぞ」
アゼルが必ず喜ぶと断言できるほど自分の性技に自信はないが、喜んでもらえるように頑張る所存である。
内心で意気込む俺は、その後アゼルがライゼンさんすら迂闊に声をかけられないほど鬼気迫る勢いで執務をこなすことなど、知る由もないのであった。
大胆な俺については、シークレット。
流石に恥ずかしいので、アゼルだけの秘密にさせてくれ。
了
いつも晩ご飯勇者を応援してくださり、ありがとうございます(ペコリ)
リアクションもコメントも相変わらず楽しい読者さんで、つい笑ってしまったりでしてな。感謝感激、雨木樫!
木樫
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