2.キズモノ

 森の奥に湖があった。  リースは馬に水を与え、オメガを腕から解放した。瑞々しい緑を背景に、湖に立つオメガは本当に美しかった。 「どういうつもり?」  オメガに見惚れるリースに尖った言葉が投げられた。  黒狼に跨がった回収屋の少年が追いかけてきたのだ。オメガの無事を目で確認してからリースの返事を待つ。 「仕事だ」  リースは短く答えた。 「急速に勢力拡大を図るヴァンパイア・ストリーガの討伐?」  顔にかかる黒髪を払いながら少年は肩をすくめた。  少年がリースと会うのは三年ぶりだ。会うといっても顔見知り程度だが。 「あぁ。お前は? ハーブ」  リースは少年の名を口にした。  少年が安堵の表情になる。覚えてくれていたんだ、と頬を緩ませる。 「僕は薬師で回収屋。薬草探しの旅の途中、オメガに遭遇したってトコ」  ハーブは、くるぶしまで水に浸かったオメガに視線を向けた。 「彼は吟遊詩人の一団に紛れていたオメガ。一団は村人達に殺されたよ」  悲しいハーブの呟きにリースは何も答えなかった。  ハーブの視線に気付いたオメガの唇が動いた。 「スターリィ」  名乗ったオメガの黒い瞳が時々、銀に光る。子を孕む時期「バース」が近い証拠だ。 「命乞いのためにオメガを生け贄にする。珍しい話じゃない」  冷たいリースの言葉にハーブは眉をひそめた。  オメガがヴァンパイアの子を孕めば新たな脅威になる。それなのにヒューマンは「今」を生きることに必死だ。 「愚かだよ」  ハーブの言葉は正しい。だが、正しいことが現実とは限らないのだ。 「ハンター!」  不意に男の声がした。さっきの男達だった。追ってきたらしい。彼等は武器を金貨に持ち替えていた。 「金とオメガをやる!」  引き攣った表情で村長らしい老人が言った。 「いいだろう」  リースは即答した。すぐにハーブが抗議の声を上げる。 「オメガは渡さない!」  場に緊張が走った。  村人、ハンター、回収屋。それぞれの思惑が静寂の中でぶつかり合う。 「キズモノのオメガは大して価値がない。金貨、倍だ」  ハンターが結論を出した。交渉は終わりだ。 「キズモノなんて言うな!」  村人が去った後、ハーブが怒りの声をあげた。  一度、ツガイを失ったオメガは二度とツガイになれない。そんなオメガは「キズモノ」と呼ばれている。 「オメガのことになると異常に熱くなる。まるで自分を穢されたようだな?」  リースは笑ってからハーブに背を向けた。 「隠れておけ。ストリーガの城は森の向こう、ルガンの山の頂きだ。森や湖まで凍り付く前に首を刎ねる」  まだ陽は昇ったばかりだ。  昼の城を守る亡者の群を突破し、夜まで眠るヴァンパイアの首を刎ねるつもりか。  リースの言葉を聞いたハーブは黒狼の背から降りた。スターリィに駆け寄っていく。  身軽になった狼がリースに近付いた。  リースは僅か、眉間に皺を寄せた。 (探し物は見付かったか? いずれの族からも外れた小さきモノよ)  頭の中に響いてくる言葉にリースは返事をしなかった。愛馬の腹を蹴り、戦いの場を目指した。  ハンターが去った後、狼は湖に立つハーブとスターリィを見た。二人はハーブが持っていた「休息の薬水」を仲良く飲み合っている。 (美しい光景だ)  黒狼は大きく伸びをすると、陽の下で瑞々しく輝く緑の上に身を横たえた。  
作者
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