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29話/たいが
話題が家族の話になった事で、俺はここのチケットをくれた奴の事を思い出していた。疎遠な姉達よりずっと兄弟に近い存在の、10歳上の従兄弟。長年海外をぶらぶらしていたが、この春とうとうジジイに呼び戻され、このホテルに放り込まれたって言っていたが…。
立場上、忙しい奴と会う事はまずないだろうと思いムク犬を連れて来たが、こんな所を奴に見られたらどんだけ弄られるかわからねぇ。
携帯で写したケーキの写真を満足気に見たあと、また幸せいっぱいに食べ始めたムク犬の顔を見ながら、俺もサバランに手を付ける。プレートに載せた5個のケーキをペロリと平らげたムク犬は、いそいそと次のケーキを取りに行き、今度はモンブランとベイクドチーズケーキと紅茶のムース、そしてまたサバランを載せて戻って来た。
「えへへ、またいっぱい取って来ちゃった」
恥ずかしそうに言いながらも、食べる気は満々のムク犬。
「サバラン気に入った?」
「うんっ!焼きたてのサバランなんて、なかなか食べられないもん」
確かに美味いな。キルシュの効いた控えめな甘さが程良く口に広がって、あまり甘い物を食わない俺にもちょうど良い。
「ふふふ…宍倉くんってえ、カッコいいよねえ」
は…?
「頭もいいしスポーツも万能だし優しいし…、宍倉くんみたいに完璧な人って僕見た事なかったから、同じクラスになった時はドキドキしたんだよう」
あ…?ムク犬はいきなり何を言いだしたんだ?
「髪の色も瞳の色も紅茶みたいな綺麗な色で、睫毛長くてお鼻もスッと高くて…。僕、初めて宍倉くんを見たときね、外国の王子様がいるって本気で思ったんだよ?」
ちょっと頬を赤く染めながら、俯き加減でそう話すムク犬。一体どうしちまったんだ…?
「そんな宍倉くんと、こうして二人っきりでホテルに来てるなんて、なんだか僕ドラマのヒロインみたい〜」
おいおい…、二人っきりでホテルなんて、危ないシチュエーションを連想させる言葉を、まさかムク犬の口から聞くとはっ。
「ヒ…ロインでいいの?」
らしくもなく声がうわずる。
「あっそっか、ヒロインって女の子だよねえ。宍倉くんならヒーローだなあって思ったから。やだな僕、変な事言っちゃったね」
ごめんね〜と謝りながらも、うふふうふふと笑っているムク犬。
どうも様子がおかしくないか…?そう思いながら手元のケーキを見た俺は、ムク犬の様子がおかしくなった原因に思い至る。
まさか…。サバランに入ってたキルシュに酔ったのか!?
(*キルシュはさくらんぼのお酒で、アルコール度数は40度あります*)
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