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54話/たいが

ムク犬の相次ぐ犬発言に脱力感を覚え、思わず前に凭れ掛かる。 はあ〜っ、まったくコイツは…。 とにかくっ!まずは人間対人間って関係に立場を戻さねぇと、恋愛云々どころの話じゃねぇ。凭れ掛かったまま、耳元でムク犬に囁く。 「…パトラッシュにもポチにもならなくていいよ」 柔らかい髪の毛を、耳に掛けてやる。 「河合は河合なんだし、もう俺とはちゃんと友達でしょう?河合の気持ちは嬉しいけど、手助けならポチでもパトラッシュでもなくて、俺は河合椋っていう友達にして欲しいな?」 ゆっくりと顔を上げ、目を合わせて微笑みながらそう言うと、ムク犬は驚きながらも嬉しさを隠さずに、俺の申し出を受け入れてくれた。 俺と友達ってのがそんなに嬉しいのか、ニコニコと無邪気に笑うムク犬。その顔があんまり可愛くて、ムク犬の顔が傍を掠めたとき、思わず唇を寄せてしまった。 やべっ…、無意識に体が動いちまった!友達ポジションからゆっくりと懐かせて、それから徐々に意識させていこうと決めたって言うのに、何やってんだ俺…。 そうっと、ムク犬を伺うと何があったのか分からなかったのか、キョトンとした顔をしている。ああ…ムク犬の事だ、気付かなかったんだな。安心しつつもやはりどこか残念な気もする…。 そうこうするうちに駅に着き、溢れだす人波に乗りながら出口に向かう。だがそんな事を考えていたせいか、人波にのまれたムク犬を見失ってしまった。 「河合っ?河合どこだっ」 「宍倉くんっ!」 一度降りた電車に戻り、ムク犬を探そうとした俺の耳に、ムク犬の声が聞こえた。 良かったちゃんと降りられたんだな。それにしても、ムク犬を一人でこの満員電車に乗せるのは、やはり危なっかしい。明日からは、俺と一緒に登校させようと思いながら、ムク犬の傍に向かう。 「大丈夫だった?河合」 「うんっ!心配かけてごめんね。トーイくんが助けてくれたから、流されずにすんだの」 …トーイくん? 「ホントに毎朝毎朝危なっかしいよなあ、ムクは」 「そっ、そんなに毎朝じゃないもんっ!」 親しげにムク犬と話す、長身の男。 うちの学校の制服に身を包み、短く切られた明るめの茶髪に爽やかな嫌みのない笑顔で、ムク犬を呼び捨てにするこの男は。 …一体誰だ?

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