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56話/たいが
どうやら、ムク犬を人混みから助けたのはこの男だったようで、口振りからそれは毎朝のことのようだった。
ムク犬が呼ぶ、トーイくんと言う名には聞き覚えがある。確か鷹取が言っていた、ムク犬を狙っている連中の一人…。
コイツが、九条桐亥か。
噂通りの爽やかなスポーツマンタイプの男前が、俺を王子と呼び屈託なく話しかけてくる。今まで接点のなかったはずの俺とムク犬の仲を訝 しむ九条に、俺は「仲良し」なんてかなり寒い単語を使って、殊更ムク犬との仲を強調した。
仲良しなんて、小学生ん時でさえ使った事ねえっつの!俺は服の下で寒イボ立てながら九条に微笑む。
挨拶を交わしながら差し出された手を握る。――と、九条は爽やかな笑顔を浮かべながら、俺の手を力いっぱい握りしめてきやがった。
こ…この野郎っ!当然、俺も笑顔のまま応戦する。
朝の雑踏のなか、見た目は和やかに握手をする俺達を、周りの女子高生やOLが目を輝かせて見ている。だが、俺と九条の目は全く笑っていない。二人の間にはバチバチと火花が飛び交 っている
「宍倉くんとトーイくん、もう仲良しになったんだあ。やっぱりいけめん同士気があうんだねえ」
それが全く見えないムク犬が、俺達の緊張を解くような…、ってか脱力するような事を言う。誰と誰が仲良しだっ!その寒い単語を俺とコイツに使うなムク犬っ!一気に寒イボが倍増したぞっ!
九条も同じ気持ちなのか、見れば奴も服の上から腕を擦っている。
「じゃあさっ、3人で学校まで行こうよ。ねっ?」
無邪気にそう言ってくるムク犬に、グっと返答に詰まる俺と九条。期待に満ちた瞳で見上げるムク犬。その後ろには、嬉しそうにブンブンと振りまくる尻尾が見える。
「そうだね、せっかくだし皆で行こうか」
しばらく間を置いて何とかそう口にした。チラッと九条を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「トーイくん駄目?」
だが、ちょっと悲しげにムク犬から聞かれた九条は、パッと爽やかな笑顔を浮かべ
「ああ勿論っ!どうせ行き先は同じなんだし一緒に行こうぜっ」
と、爽やかオーラを振りまきながら言う。そんな九条にムク犬は、わーいと言いながら喜んでいる。
…人の事は言えねぇが、コイツもなかなかの猫を被ってやがる。
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