70 / 139

69話/たいが

ビュッフェの話に、調理部の奴らが食い付いてきてくれたおかげで、俺はチケットを餌に料理を試食する権利を手に入れた。ルール違反にはならないらしいし、ムク犬との接点が増える上、旨い飯が食えるんだ。一石二鳥。 俺を警戒していたちびっこ達も、ビュッフェチケット効果でさっきまでの警戒心が嘘みたいに、一様にキラキラした目で見上げて来ながら質問を投げ掛けてくる。 ……なんだか雛に餌をねだられる親鳥の気分だ。もしくは、保育園の保父さん的気分。 ちびっこ達を連れてビュッフェに行くことになったら、確実に引率者ポジションだな。でもまあ、しっかり者の母親的ポジションの卯月がいるから大丈夫だろう。そんな事を思いながら雛鳥達のさえずりを聞いてると、いきなり調理室の外の方から声がした。 「え〜、それってルール違反じゃないの〜?ずるくなぁい?」 突然聞こえてきた声に、調理室にいた全員が声のした方を向く。すると、さっき俺が廊下から様子を伺っていた場所に、一人の男が窓枠に凭れかかりながら部屋を覗きこんでいた。 ウェーブのかかった少し長めの明るい茶色の髪、垂れた目の下にある泣きボクロが目を引く。形の良い唇は楽しげに微笑んでいるが、笑っているわけではなさそうだ。 「むっく〜ん、そいつバスケ部の奴でしょ〜。そんなえこ贔屓していいの〜?」 「お前には関係ない。何をしに来た、熊谷」 いきなり現れた男を、卯月が熊谷と呼んだ。…こいつが、熊谷充(くまがい みつる)か。 陸上部の花形スプリンター、掴みどころのない性格で人を食ったような態度だが、不思議と反感を持たれない。そんな奴だと鷹取から聞いてたが、確かにそんな感じだな。 「だあってぇ、賄賂渡して取り入るなんてズルくなぁい?」 「わっ、賄賂なんかじゃないよっ!宍倉くんは厚意で言ってくれただけだもん!そんな風に言うなんて、ミツくんひどいよっ」 必死になって俺を弁護する、ムク犬の姿に愛を感じるが、コイツも“ミツくん”呼びか…。 「そーだよっ!ミツ先輩!この人、凄くいい人だぞっ!」 「…ミツ先輩…帰って…」 「熊谷くんこそ、またご飯強請りに来たんでしょう?いい加減にしないと、生徒会に報告しちゃうよー?」 おおっ!ちびっこ達が俺を庇って、一斉に熊谷を責め立ててる。 「え〜、俺が悪者ぉ?も〜、すっかり餌付けされちゃって駄目じゃなぁい」 「人を動物扱いするな!それ以上余計な事を喋るなら、ガスバーナーでその口を焼き上げてやるぞ」 「りっくん、怖〜いっ」 「先輩に向かってりっくん言うな!」 卯月の殺気を、熊谷はケラケラ笑ってやり過ごしている。

ともだちにシェアしよう!