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85話/たいが

ムク犬と卯月のやり取りが一段落すると、すぐにパン食い競争はスタートした。 さっきの出来事で衆目を集めたせいもあって、放送部がムク犬の名前を出して会場を盛り上げる。 学校のマスコット的立ち位置にいるムク犬は、本人は無自覚だが人気者だ。実際むさ苦しい男子高校生に混じり、ちびっこが一生懸命競技に取り組むさまは応援したくなるのだろう。 さっきも二人三脚で頑張っていた調理部の一年コンビにも大きな声援が送られていたし、ムク犬も周囲の注目をかなり集めている。 だが正直、これ以上目立つような真似をして欲しくねえ…。なにしろ今でさえ九条と熊谷の二人に加え、なんだか手強そうなムク犬の兄貴まで出現し、その上生徒会長の桜木もムク犬に気があるのかも知れないのだ。もう十分鬱陶しいのに、これ以上余計なライバルの出現なんて正直御免だ。 そんな事を悶々と考えながらパン食い競争の観戦をする中、ムク犬の出番がやって来た。 ピストルの合図と同時にスタートを切り、真っ直ぐあんパンに向かって駆けて行った仔犬は、あっと言う間に吊り下げられたあんパンの下に到着し、パンに向かって思い切り飛び上がった。 …だが、無情にもあんパンは、ムク犬の身長では届きそうにない位置にある為、ムク犬の小さな口は虚しく空を切る。それでも一生懸命に、ぴょんぴょんと飛び上がるムク犬の姿に、競技を観戦している生徒全員が、ハラハラしながら見守っている。だがどう見ても、あの高さでは届きそうもない。 何度も諦めずにあんパンに向かって飛ぶムク犬は、上を見上げ小さな口を開け、必死にパンをくわえようとしている。 ……なんか…これ…、ヤバくねえか…? 必死に飛び上がっているせいで、真っ赤になった顔。さらにいっぱいに開けたままのムク犬の口元からは、ピンク色した小さな舌が覗いている。 パンに届かないもどかしさに、段々と涙目になり始めたムク犬の様子に、周りから「やべえ…」とか「たまらねえ!」なんて声が聞こえて来た。 ……、テメエらぁっ!それ以上、ムク犬を見るんじゃねぇ〜〜っ!! そう叫び出したい衝動を必死に抑えるながら、成り行きを見守るしかない俺。 そうこうするうちに、後ろから他の選手が迫って来た。それを見たムク犬は泣きそうになりながら、更に目一杯飛び上がった。 そんなムク犬の姿に、両端でパンを支えていた係員の生徒達が、そっっとムク犬の口にパンが届く位置まで、紐を緩めて下げたのだ。 グッジョブ!係員!! ようやく掴んだあんパンを、喜色満面で口にしっかりとくわえたまま一目散にゴールを目指し、無事にゴールテープを切ったムク犬に、周囲から大喝采が送られる。 無事に食べたがっていたあんパンをゲットし、一着になった事をご機嫌で喜ぶムク犬。その様子はそりゃあ可愛いかった。 …だっがっ!ムク犬〜〜っ!!お前は、なんっちゅう!目立ち方してやがるんだああっ。 俺の気持ちとは裏腹に、ありえねえパフォーマンスを披露しまくってくれたムク犬に、俺は思わず頭を抱えて座り込んだ……。

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