87 / 139

86話/むく

無事にパン食い競争を終え、戦利品のあんあんパンを手に意気揚々と陣地に戻ると、そこには頭を抱えて沈み込む宍倉くんの姿があった。 「どっ、どうしたの?宍倉くんっ!」 まさかどこか怪我しちゃたんじゃ…! 宍倉くんの元気のない姿に驚いて駆け寄ると、それに気付いた宍倉くんがゆっくりと顔を上げた。 「…ああ…お帰り。お疲れさま」 怪我をしている様子はないけれど、やっぱり元気がない。一体どうしちゃったんだろう…。 「どこか具合悪いの?宍倉くん」 「…ううん、何でもないよ。それより頑張ったね、一着おめでとう」 「う、うんっ。ありがとう」 憧れのあんあんパンと一着が獲れて大満足な僕だけど、お祝いを言ってくれる宍倉くんの笑顔がいつもみたいにキラキラしてなくて、心配になる。 「宍倉くんホントに具合悪いとかじゃない?」 「うん、大丈夫だから心配しないで?ちょっとお腹が空いてきただけなんだ」 「そっかあ、朝から頑張ったからお腹空くよね」 なんだ、そうだったんだ。具合が悪いんじゃなくて、ホントに良かった…。 「うん、だから河合の弁当が楽しみだよ」 そう言って宍倉くんは、いつもの優しい笑顔を向けてくれた。 …だけど、お弁当を食べられるのは勝った人だけって約束だから、負けた人は学食か購買になっちゃう…。 本当はみんなに食べて貰える方が、嬉しいんだけどなあ。ちょっぴり寂しくなって俯いた僕の目に、手に持ったあんあんパンが映った。 あっ、そうだっ! 「宍倉くんっ!じゃあこれあげるっ」 僕は手に持っていたあんあんパンを、宍倉くんに差し出す。 「えっ?駄目だよ。河合、これ凄く食べたかったパンでしょう?」 そう言って宍倉くんは、差し出したあんあんパンを受け取ろうとしない。 「でもお腹空いてるでしょ?」 確かに憧れのあんあんパンは食べたい。けど、あんあんパンはこれからも購買で買えるチャンスがある。でも宍倉くんは今お腹が空いてるんだし、大事な勝負を控えてるんだから、力を付けなきゃ全力が出せないかも知れない。 「だから食べて、ね?」 そう言ったら宍倉くんはちょっと困ったような、でも凄く嬉しそうに笑って受け取ってくれた。 「ありがとう。じゃあこうしよう?」 そうして宍倉くんは、袋から出したあんあんパンを二つに割って、片っぽを僕に差し出た。 「半分こ。一緒に食べよう?」 「…うっ、うんっ!」 僕と宍倉くんは、半分こしたあんあんパンを食べながら、二人で並んで応援した。 憧れのあんあんパンは、甘くて、ほわっとしていて、凄く優しい味がしたよ。 それはパンの甘さだったのかな。 それとも宍倉くんの優しさだったのかな…。

ともだちにシェアしよう!