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110話/むく

一体どう言うこと?宍倉くんはワンコカードを持ってたんじゃなかったの? あんなに迷いなく僕を捕まえに来てくれたのに、引いていたのはゴリラのカード!? 『男子高校生の本能と煩悩が暴走してしまったのか!?だが、パーフェクト王子と名高い宍倉選手らしくない振る舞いですね。猿渡さん』 そうだよっ。宍倉くんらしくない!どうして真面目な宍倉くんがルールを無視して僕を捕まえたりしたの? 『王子と言えど一人の男子高校生。それ程ワンコなムク犬の魅力が凄まじかったのでしょうか?』 ええっ!?まさか、それはないよ…っ!? 『確かに気持ちは良く分かります!ですが勝負の場に置いて、この私情の持ち込みは頂けません。宍倉ペアの失格によって一着は次点の九条ペアに渡ります』 …え?それって結局、僕達のポイントはなくなっちゃったって、ことだよね…? 『九条選手のカードは間違いなく犬のようですので、捕獲ポイントと一着のボーナスポイント合計200ポイントがB組に与えられます』 …え?それじゃ、まさか…。 『と、言う事はB組が逆転!優勝はB組ですっ!!』 ええええぇーーっ!? 『そして、他の入賞者達のカードにも間違いはないようですので、最終競技での獲得ポイントが(ゼロ)に加え、ペナルティの50ポイントをマイナスされたA組は一位からなんと最下位に転落しました!!』 …そ、そんな…。 『何とも劇的な幕切れとなりましたね。猿渡さん』 『本当ですね椛島さん。誰がこの顛末を予想出来たでしょうか?』 …せっかく、せっかくみんなで頑張ってトップを守っていたのに…。 これって、僕達のせい、だよね…。 そうして、項垂れる僕の耳に重低音の怒鳴り声が聞こえてきた。 「しーしーくーらー!!てめえ何やらかしてくれとんじゃあっ!!」 「てめえだけがイイ思いした挙げ句、チームを最下位にするたぁどう言う了見だっ!ああ!?」 A組の団長さんとバスケ部の部長さんが、鬼の形相でこっちに向かって来る。 思わずギュッと目を瞑った僕を通り越して、団長さん達は宍倉くんを小突き回し始めた。 「まったくだー!てめえだけあんなに可愛いムクワンコを抱き締めるなんて!」 「くっそー!ちょっとイケメンだからって独り占めしようとしやがって!」 「そうだそうだ!ムク犬は皆のものなんだぞーっ!」 同じA組チームだけじゃなく、他の生徒からも宍倉くんに対してブーイングが沸き起こってる。 「…え?ちょっ…、止めてっ止めてーっ!!」 「いいんだ、河合。勝手な事をしてしまったんだから罰は甘んじて受けるよ」 「そんな…」 鳴り止まない会場中からのブーイングと怒りを納めてくれない団長さん達に、僕は泣きそうになりながら大声で叫んだ! 「お願いっ!!止めて-!!」 グラウンドに響き渡った僕の叫びに会場中が、シーンと静まり返る。 そして暫くしてアナウンスが聞こえてきた。 『あ~、これは”お願い権“の発動ですね。椛島さん』 『そのようですね。猿渡さん』 『さてどうでしょうか、全校生徒の皆さん。河合選手の”お願い”を聞いてあげますか?』 「…仕方ねぇな」 「あ~、悔しいけどムク犬のお願いじゃな…」 「…泣かせたくはないしなあ」 そんな声があちこちから聞こえてきた。 「まったく。河合に感謝しろよ?」 「怖がらせて悪かったな」 団長さん達はそう言って、僕の頭をポンポンと叩いて戻っていった。 『さあ、色んな事がありましたが近年稀に見る素晴らしい体育祭であった事は間違いありません』 『そうですね。そしてその体育祭も閉会式を持ってフィナーレを迎えます。生徒の皆さんはチーム毎に整列をお願いします』 アナウンスの声に皆がこの場を離れ、僕達ふたりだけが取り残された。 「…勝手な事をして悪かったね」 団長さん達に小突かれて、座り込んだままの宍倉くんがポツリと呟く。 「せっかく皆で頑張ってたのに台無しにしちゃった」 宍倉くんは俯いたまま僕の方を見ずに言葉を足した。 でも今、僕が宍倉くんから聞きたいのはそんな言葉じゃなくって…。 …どうして宍倉くんは違うカードを引いたのに僕を捕まえに来たのって…。 その理由(わけ)を僕は…、凄く聞きたくって…。 「…ううん。優勝は出来なかったけど凄く楽しかったよ?」 …だけども僕の口から出たのは、そんな言葉で…。 「皆集まってるよ。…僕達も行こう?」 …だからその聞きたかった言葉の代わりに、今度は僕が宍倉くんに手を延ばした。 「…ああ、行こうか」 差し出した僕のその手を、宍倉くんはしっかりと掴んでくれた。 触れあった手から伝わるお互いの温もりを感じながら、二人で集合場所までゆっくりと歩いていく。 そのあいだ僕も宍倉くんも黙ったままだったけど、僕たちはお互いの手をキュッと握ったまま離さないでいたーー。

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