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112話/たいが

あの体育祭の後、大勢が知ることになった俺のムク犬への気持ちは、肝心なムク犬本人には欠片(カケラ)も届いていない。 ムク犬との距離は相変わらず「仲良しの友達」のまま、朝は九条と3人での登校を続け、クラスでも少し仲の良い同級生としての付き合いが続いている。 一歩でも二歩でも、なんなら千歩でもさっさと突き進みたい俺の気持ちを嘲笑(あざわら)うかのように、一歩進めば二歩下がるような具合だ。 変わりのないこの関係をどうにかして動かしたい!と、思いながらも打開策が見つからない。 だが、取りあえず今日は調理部での食事会だ。久し振りにムク犬の手料理と可愛いエプロン姿を堪能できるぜ! 「そんなんで満足してっから進展しねぇんだよ。バーカ」 「あ?なんか言ったか鷹取」 「いんや別に。それより今年の夏休みはどうするんだ。またスウェーデンの祖母さんとこに行くのか?」 部活を終え調理室へ向かおうとする俺に鷹取が何か悪口を言ってきた気がして、聞き返したが話を逸らされた。 「夏休みなんてまだ先だろ。だけど今年は行かねえよ」 「ふーん、祖父さんのご機嫌伺いの方はいいのか?」 「一度くらい顔は出すが、本家に長居する気はねえよ」 折角自由にやれてるんだ。貴重な長期の休みをあの連中の為に使うなんてゴメンだぜ。 だけど夏休みか…。 折角の長い休みなんだから、ムク犬と二人であちこち遊びに出掛けてえなあ。 よしっ!夏休みまでには絶対距離を縮めて、ムク犬とデートしまくるぞー!  ―――と、意気込みはしたものの結局ムク犬との距離を縮める事は出来ずにあっという間に時間は流れ、今日期末試験を終えた。 そして一週間後には夏休みに突入する。 夏休み中も部活はあるがそれ程厳しいスケジュールじゃないし、補習にも縁がないからそれなりに夏休みを満喫する事は出来そうだ。 そして距離が縮められない理由は俺の意気地のなさ(ヘタレ)もあるが…、ライバル九条と、ムク犬を可愛がっている卯月のぶ厚いガードも問題なのだ。 そこで俺はある計画を立てて、実行に移すことにしたーー。 今、俺たちは避暑地として有名な高原に来ている。夏でも最高気温は25℃と過ごしやすいここは、ホテルやレジャー施設も多く夏休みを満喫するにはうってつけの場所だ。 そう、俺たちは祖父さんの持っている別荘で一週間のサマーバカンスを愉しむのだ! 澄んだ空気、美しい景色、治安もよくスポーツ施設や自然を楽しむための場所も多くある。 俺の隣でムク犬はデッカい目をキラキラさせて別荘を見て感動し、いつも以上に尻尾が回りまくっている。…千切れたりしねぇよな? 「ふわぁあ!すっっごい大っきいー!!」 「そうかな?この辺の別荘は大体こんな感じの建物ばかりだよ」 「はわわっ、じゃあここら辺はお金持ちの別荘ばっかりなんだねー!」  ある計画ーー。 それはムク犬を別荘に招待してサマーバカンスを一緒に楽しみ、一気に距離を近づけようという作戦だ。これで一週間、朝から晩までムク犬と過ごす事が出来る! 「ね~、宍倉くん。荷物部屋に運んじゃっていいの~?」 「シシ先輩!部屋割りはどうなってんだ?」 「シシ先輩…。お腹空いてない…ですか?」 「宍倉。キッチンが使えるようなら昼食は僕達で作るけど、調理器具とか揃ってるのか?」 ………ただし、オマケの小動物が4匹ついてきてるけどな…! そう、当初の計画ではもちろん俺とムク犬の二人っきりで、別荘でのバカンスを愉しむつもりだった。 しかし、俺たちはまだ未成年の高校生。 自分んちの別荘とは言え、二人っきりの旅行を過保護なムク犬の兄や卯月が許すはずはなく、俺は泣く泣く計画を変更。 結果、二人だけのバカンスは調理部の合宿と言う話にすり替わり、今に至るのだったー。

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