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第119話/むく
マナーモードにした携帯の目覚ましが枕元で震える。ゆっくりと目を開けるとカーテンの隙間から射し込む朝の陽射しが目に映った。
(…そっか、昨日から宍倉くんの別荘に来てたんだっけ)
ふかふかのベッドから降りてカーテンを引き、窓を開けて高原の少しひんやりした朝の空気を部屋の中に取り込んで眠気を覚ます。
隣のベッドに視線を移すと綺麗に整えられたそこに真央くんの姿は既になかった。
「わ!真央くんもう起きてるんだ。僕も早く手伝わなきゃ」
急いで身支度を整えてキッチンへ向かうと、そこには大きなオーブンの前で準備をしている真央くんの姿があった。
「おはよう真央くん!遅くなってごめんね」
棚からエプロンを出して身につけながら挨拶をすると、天板に成形したパン生地を並べていた真央くんが顔を上げて挨拶を返してくれる。
「おはようむっくん。いつもの時間に目が覚めちゃったんだ~。習慣って怖いねぇ」
折角の夏休みなのに勿体ないよねぇ~、って笑う真央くん。
真央くんのお家は家族で小さなパン屋さんをやっていて、真央くんは毎日朝早くからお店のお手伝いをしているんだよね。偉いなぁ。
だから真央くんのパン作りの腕前はプロ顔負け!
キッチンの大きなオーブンと大理石の調理台を見た真央くんは、合宿中毎朝パンを焼いてくれるって約束してくれたんだよねっ。
朝から焼き立ての美味しいパンが食べられるなんて最っ高に幸せ~。
そしてキッチンの調理テーブルの上には管理人さんが届けてくれた新鮮なお野菜が沢山載せられていた。
このお野菜達は昨夜のバーベキューでも食べさせて貰ったんだけど、もう味が濃くてジューシーで無茶苦茶美味しかったんだよねぇ~。
何しろ畑から直送なので超新鮮なんだ!竜成おじいちゃんの野菜で舌の肥えた僕達をも唸らせる管理人さん印のお野菜最強!
美味しいお野菜をどう調理しようかとワクワクしながら大きな冷蔵庫を覗けば、そこにはブランド物の卵やスッゴい高級そうなハム類や乳製品が入っていて思わずたじろぐ。…こ、こんな高そうな食材を使っていいの!?
「あ~、僕もそれ見て驚いた。さすがお金持ちの冷蔵庫は凄いよねぇ」
真央くんの言葉にコクコクと頷く。
昨日のお昼に使った食材もこの高級食材だったんじゃ…。
どうりでいつもより美味しいハズだよー!
別荘での非日常的シチュエーションで美味しく感じてたのかと思っていたよ…。
宍倉くんは管理人さんが補充してくれるから気軽に使ってって言っていたけども、これを使うのって貧乏調理部の僕達には勇気がいるよぅ。
宍倉くんからしたらどうってことない事なのかもだけど、生活水準の違いをヒシヒシと感じちゃうかも…。
ちょっと卑屈な考え方が芽生えて来たけど、折角用意して貰った食材を使わない方が申し訳ないと気を取り直して調理の準備に取り掛かる。
「おはよう。ムク犬、真央。早いね」
「ふわぁ~、…はよーざま…す」
「お、はよ…ござぃます」
シャキっとした部長の声に重なってまだ眠そうなシマくんと三葉くんの挨拶がキッチンに響いた。
パンの焼き上がる美味しそうな匂いがキッチンに漂い始めたところに、ベーコンと卵の焼ける音とコーンスープの優しい匂いが重なる。
コーンスープはプリプリの玉蜀黍 をたっぷり使った本格スープ!サラダはお野菜の新鮮さを味わう為に敢えてシンプルに。
出来上がった朝食をカートに載せてダイニングルームへ運ぶ途中で、二階から降りてきた宍倉くんに出会 した。
カジュアルシャツと細身のデニムと云うラフな格好なのに、何とも優雅で気品を感じさせる。
宍倉くんは起きたばかりなのかちょっと気怠げで、いつもと違ってちょっとドキッとする。
「おはよう河合。良い匂いだね、朝早くから有難う」
いつもと違う雰囲気の宍倉くんがいつものように優しい笑顔で挨拶をしてくれる。
「おはよう宍倉くん。高級そうな食材ばかりでちょっと緊張しちゃった。美味しく作れてたらいいんだけど」
なんだかドキマギする心を鎮めて僕は明るく挨拶を返し、カートを押しながら宍倉くんと一緒にダイニングルームへ向かう。
毎朝一緒に通学してるのにこんな風に迎える朝は初めてで、鎮めようとする心臓の鼓動がまた早くなっちゃう。うぅ~、なんでぇ。
「昨夜 のバーベキューパーティー楽しかったねぇっ。ミツくんの持って来てくれたお肉もスッゴい柔らかくってホッペが落ちそうだったし、管理人さんのお野菜も最高に美味しかったぁ。今朝のサラダとスープもね、管理人さんのお野菜を沢山使わせて貰ったんだよー。採れたてのお野菜って本当に味が濃くって美味しいんだねぇ!」
ドキマギを誤魔化そうと僕は宍倉くんに必死に話し掛けてしまう。ヘンに思われてないかなぁ…。
「美味しい料理にして貰えて野菜もきっと大喜びしてるね」
宍倉くんは安定のイケメン発言。僕のドキマギはバレなくてホッとした…、はずなのになんだかそれが寂しいような気持ちになる。
うぅ~、ホント僕どうしちゃたんだろ!
ダイニングテーブルに出来上がった朝食を並べていると賑やかな声と一緒に皆が姿を見せた。
「うわぁ~、良い匂い~」
「朝からこんな旨そうなもん食えるなんてサイコー!」
「俺たちの分まで用意して貰って悪いな」
「梨兎の手料理久し振りだな。嬉しいよ」
並べられた料理にミツくん、トーイくん、コウ先輩、カズ先輩が嬉しそうな声を掛けてくれる。
実は昨夜、何故か避暑地に集 ったトーイくん達とで夕食を共にする事になって急遽開かれたバーベキューパーティーはスッゴーっく盛り上がったんだよねー!
でもそのせいで食後の花火が終わって解散する頃はずいぶん遅い時間になってしまっていたんだ。
ミツくんとカズ先輩の別荘はそこまで離れている訳じゃないみたいなんだけど、土地勘の少ない場所で夜道を帰るのも危ないし。
管理人さんが別荘のお部屋は全部綺麗に整えてくれていたし、どうせ翌日もみんな一緒に遊ぶ予定だったからわざわざ集合しなくていいよねーって事で、四人とも泊まって行くことになったんだよねっ。
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