124 / 139

第121話/むく

それぞれが席に着き、いつも通り部長の号令で朝食が始まった。 さっきから食欲を刺激して堪らない焼き立てのバターロールを手に取り、半分に割って口に入れるとふっくらとした食感とバターの香ばしさが口の中いっぱいに広がった。 ふわぁ~!おっ、美味しい~! 「真央くん!スッゴい美味しいよー!」 「マオ先輩!ムチャクチャ旨い!」 「マオ先輩…、天才…!」 「真央、ますます腕を上げたね」 「えへへ…、有難う御座います。皆もありがと」 みんなからの褒め言葉に真央くんが照れながらも嬉しそうにお礼を言った。 部長が焼いたオムレツはふわっふわでまろやかで舌の上でとろけちゃう~。卵もバターも生クリームも普段使ったことのない高級食材だったからか、部長のオムレツはいつも以上においしかった。 コーンスープもなめらかでコクがあって僕が作った中でも最高の出来栄え!新鮮なサラダも噛みしめるほどに野菜の美味しさを味わえる。 はあぁ~。しあわせぇ~。 「うう~ん、美味しいねぇ~」 「ああ、素材の良さよく出てる」 「旨いなぁ。さすがは調理部だな!」 「こんな朝飯を食べられて嬉しいよ」 「朝早くから作ってくれたんだろう?すまないね」 ミツくん、コウ先輩、トーイくん、宍倉くん、カズ先輩みんなが美味しそうな顔を浮かべながら褒めてくれる。嬉しいなぁ。 「ううん、朝食作りは合宿の一環だもん!それにみんなで作ればあっという間だし、高級食材や新鮮なお野菜を使えてやりがいがあってスッゴく楽しかったよっ。ねっ、みんな」 「うん!普段と違うのが面白いよなっ」 「いろんな食材がいっぱいで…たのしい…」 「明日の真央のパンも楽しみだ。明日は何を焼いてくれるんだ?」 「明日はクロワッサンを焼くつもりです。せっかくあんな上等なバターが使えるんだからうんっとリッチに仕上げるつもり~」 うわあぁ~。聞いてるだけで涎が出そう…! 「オムレツを作ったのは梨兎?」 「当たりですカズ先輩。美味しいですよねぇ」 シンプルな卵料理ってむずかしくって僕はまだ部長みたいにフンワリと仕上げられないんだよねぇ。 「うん、味付けが梨兎らしい。懐かしいよ」 「昔はよく稽古の後に梨兎が作った弁当を3人で食べたよな」 カズ先輩とコウ先輩がオムレツを口に運びながら優しい表情(かお)でそう話す。 「りっくん達は道場で知り合ったの?」 「ああ、コウのお祖父さんがやっている柔道場に4歳から通っていた」 「ずいぶん小さい時から始めたんですね。親御さんの方針とか?」 美味しい料理が場の雰囲気を緩やかにしてくれたのか会話も弾む。 「梨兎は護身術として習い始めたんだよな」 「護身術?」 「子供の頃、梨兎は天使のように可愛くてね。何度か不審者から連れ去られそうになったんだ」 「えええっ?!」 誘拐未遂?!部長の美少年っぷりを見れば小さい頃が天使のようだったって言うのは想像に(かた)くないけど、まさかそんな恐ろしい目にあっていたなんて…。 「本当はボクシングとか空手とか、殺傷力の高い格闘技を習いたかったのだが親が許してくれなかった」 ……部長ぉ。 「りっくんの心の傷になってなくて何よりだねぇ~」 …うん。ミツくんの言うとおり下手をしたらトラウマになっちゃうかも知れなかった出来事だよね。 だけど部長は子供の頃から部長だったんだなってわかってちょっと安心。 それから話題は今日の予定に移っていった。 今日の午前中はテニス!避暑地のテニスコートなんてどんな所なのかな~。ワクワクしちゃう! 「僕テニスって授業でしかやった事ないから上手く出来るかな。みんなはテニスやった事ある?」 「俺も同じだな。後は遊戯施設で遊んだくらいかなぁ」 調理部の合宿ではあるんだけれど、せっかくの避暑地での夏休み! 宍倉くんが提案してくれたように、調理だけじゃなくてレジャーと食べ歩きも楽しむ事にしたんだ。 合宿と銘うってはいるけれどやっぱり楽しまなくっちゃっ!人数も増えたから益々楽しくなりそう~。 「テニスコートへはバスで行けるんだったな」 「ええ、予約を入れてます。ただ6人で利用するはずだったのでコートは二面しか押さえていないので、増えた分の人は予約時間内にプレイするのは難しいですね」 人数が増えた事による思わぬ弊害が!そっか、急に倍の人数になったら予定通りには難しいよね。 「だったらダブルスでプレイすれば良くないかい?」 む~んと悩んでいたらカズ先輩がそう提案してくれた。成る程、ナイスアイデア! 「賛成~!せっかくだもん。皆でやりたい!」 「チーム分けはどうしようか?」 「クジ作る?」 皆も同意して話はどんどん進んでいき、カズ先輩が用意してくれた1から5までが書かれた紙が二枚ずつ入ったクジを皆で引く。 僕の引いた番号は3番だった。 「ムク、3番?お!やったー!」 「トーイくんも3番なの?よろしくねっ」 「こっちこそ!頑張ろうなっ」 「うんっ」 僕のペアはトーイくんかぁ。トーイくんって運動神経良いからきっとテニスも上手だろうなぁ。足を引っ張らないように頑張ろう! むんっ!と気合いを入れていると他の組み合わせもドンドン決まっていた。 部長はカズ先輩と、シマくんはミツくんと、三葉くんはコウ先輩と。 これって体育祭のときの狩り者競争の組み合わせと一緒だ。スゴイ偶然! じゃあ僕がトーイくんとペアってことは必然的に宍倉くんと組むのは… 「僕の相手は宍倉くんかぁ」 「よろしくね、小西」 その声に振り向くと、真央くんに向かってニッコリ笑ってる宍倉くんがいた。 チクン…。 あれ…?なんだろ。なんか胸の辺りがチクっとしたみたいな…。気のせいかな?

ともだちにシェアしよう!