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第126話/たいが

卯月に食らった打球で痛む腹をかばいながら着替えをしていると、ムク犬が突然俺ん家で飯を作ると言い出してきた。 「ねっ、宍倉くん。良かったらなんだけど僕ご飯作りにときどきお家に行ってもいい?」 はっ? 「…え、な、なんで?」 いきなり突拍子もない事を言い出したムク犬に歓びよりも驚きが勝る。 ムク犬の方を振り向くと、ちょうどウェアの上着を脱いだばかりだったムク犬の白い肌が目に飛び込んできて、俺は慌てて目を逸らしてしまった。純情かっ! 「うん、あのねっ。今回の合宿ってどう考えても僕たちお世話になり過ぎでしょ?だから何かお返し出来ないかなぁって思ったの。ホラ、宍倉くん一人暮らしで外食やケータリングばかりって言っていたから」 お料理なら得意分野だし、他の家事も僕結構上手なんだよ?宍倉くんさえ良かったらお家にお邪魔させてもらって家事のお手伝い出来たらお礼になるかなぁっ思ったんだぁ。 ニコニコと笑いながらそう続けるムク犬に、俺は夢でも見ているんじゃないかと頰を抓りそうになった。 ほんのさっき、俺のせいで怖い思いをしたのにそれを全く気にした様子もなく、俺にとってはとんでもなくラッキーな提案をしてくるムク犬。 なんで今こんな話を持ち出したのかは謎だが、俺としては願ったり叶ったり。 さっきの出来事で落ちていた気持ちが一気に上がる! 「なっ、なに馬鹿なこと口走ってるの!ムク犬!!」 「そうだよ~、むっくん。今回の合宿は王子が好きでやってるんだから気にする事なんてないってば~」 「ムクムク!合宿のお礼って言うんなら調理部全員で考えるべきじゃないか?!ムク一人が気負ってやる事じゃないよっ!」 …だが喜んだのは勿論俺一人、周りは当然大反対だった。卯月、熊谷、九条が矢継ぎ早にムク犬を嗜め始める。 「う~ん、そうだねぇ。さすがにむっくんだけで一人暮らしの男の家(ししくらくんち)に行くのはまだちょっと早いかなぁ」 「ムク先輩…。危ない…」 「?三葉、なにが危ないんだよ?」 「シマは話に入らなくて良いから。とにかく九条の言うとおり、今回の礼は調理部でするべきことだからムク犬が先走る必要はないの」 「え~、いいアイデアだと思ったのになぁ…」 調理部のやつらからも反対され、ちょっとションボリしている姿にきゅんとくるが、何故っ!!なぜ全員の前で話したんだっ!ムク犬ぅ~っ! そっと俺にだけ言ってくれさえすれば今回みたいな遠回りなお膳立てをしなくてもムク犬と二人っきり! しかも俺の(テリトリー)というなんの邪魔も入らない最高のシチュエーションで、ムク犬の手料理を味わいながら二人の距離を縮めていけるまたとない好機(チャンス)だったって言うのに…! …つーか、俺の気持ちは卯月だけでなく、もしかしなくても小西と一年バンビにも感づかれている…? 「話は後わった?早く着替えないと予約の時間に遅れてしまうよ」 「あっ!そうだった。お昼ごはんーっ!」 桜木が場を纏めた事でこの件は終わったようだが、なんつーかムク犬はなにかと俺の役に立とうとするなあ。嬉しいがまさかまだポチ設定が生きてるんじゃないだろうな…。 そんなこんなで結局(カモ)食材(ネギ)背負って俺んちまでくる絶好のチャンスは一瞬で消え去っちまった。 だが、こんな事を言い出すくらいムク犬が俺に気を許してくれてるのかと思うと俺は口元が緩むのを押さえ切れなかった。 ムク犬の何気ない言葉ひとつで落ち込んだり喜んだり。 あの小さなワンコに俺の気持ちはとんでもなく振り回されている。 そうだと言うのに、嫌な気持ちになるどころかそれが嬉しくて堪らない俺がいる。 不思議だな。どんな女や男と肌を合わせても感じる事の無かった温かさを俺は今味わっている。 ああ、俺は紛れもなくムク犬に恋してるんだな。

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