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2.スーパーダーリンご降臨①

 名木を連れてきたヤリサーの部室で、男たちはいつものように怠惰に携帯でエロ動画なんかを眺めながら俺のことを待っていた。道中何を話せばいいか迷って、『ピアノ専攻って普段どんな講義受けてるの?』だとかどうでもいい会話をしてしまったが、部室にたどり着くと俺はにんまり笑って扉を開ける。 「まあまあ名木、入って」 「お邪魔する」  手をつないで中に入ると、中には俺の同級たち……チャラ男でテニス経験のある『王子』、ムッツリすけべの優男『メガネ』、太っちょ大男の『カロリー』が三人してこっちを見た。 「唯月、おせーよ。レジュメのコピー取ったなら俺たちにも見せてー」 「王子。コピーはまだとってないけど、それより今日は、新入部員候補を連れてきたんだ、ほら」 「ピアノ専攻の名木です。指に怪我をしたら困るので、テニスはあまりできませんが、宜しく」  ベンチやソファーにだらだら寝転がっていた男達が『げっ』と声を揃えて半身を起き上げる。スマホケースを閉じてはメス男子の俺と男前の名木をマジマジと見比べる。王子が苦々しい言葉を向けてくる。 「なんだよ唯月、お前も名木に気があったわけか?」 「え、お前もって?」 「名木って言ったらこの大学随一のエリートモテ男じゃないか、唯月ちゃん」  俺を『ちゃん』付けで呼ぶ優男のメガネの言葉に、俺は『ああ』と納得する。やっぱり名木は女の子にモテるらしい。そのメガネの言葉を否定するでもなく、名木はぐちゃぐちゃに散らかった部室内を観察している。そんな冷静な名木を見上げて、俺はへらっと誤魔化すように笑った。まずは名木を、テニスサークルに入部させなければいけないのだ。 「そういうんじゃないって。名木と俺、友達になったんだ。だからテニサーに誘っただけだよ」 「テニサー? はっ、ヤリサーの間違っ、むぐっ」  事実を事実として言葉にしようとしたカロリーの厚い肉襦袢(腹)に、俺は一応用意してあるテニス道具のボールの一つを投げてぶつける。『いってぇ』とカロリーは腹を擦って言葉を止めるから、これ幸いと俺は名木に疑問を呈する。 「なぁ名木。あんまりできないって言ってもテニス、きっと得意だろ?」 「まあ、人並みに」 「だったら王子! お前、名木と試合したら? テニスの楽しさを教えてあげよう」 「はあ? 試合ぃ? 唯月、頭沸きすぎて逆に真面目ちゃんになっちまったのかよ、」 「いいからっ」  とまで言って俺は王子のいるソファーの方に近づいて、こそっと王子の耳元に内緒話をする。 (あのエリートの名木を、ヤリサーにハマらせて堕落させるチャンスだよ? 王子!!) (!! にゃーるほどな、)  内緒話を終えると(その間、いつも淡白な名木は珍しく眉を曲げていた)、王子が『よっしゃ』と立ち上がってそのチャラ男たる様相のまま、部室に置いてあるラケットを手に取ってはビシっと名木の方に突きつける。 「よっし、名木。俺と勝負だ!」 「まあ……入部試験とでも思っておく。仕方がないから一ゲームだけ」  後に聞くに、名木は仲睦まじい俺と王子の様子を見てやる気を出したらしいのだが、今の俺にはそれは分からない。『おっ、やる気』と俺はニコニコしてその金にインナーピンク髪を揺らして名木の隣に戻って、適当なラケットを名木に貸しては俺たち(俺、王子、名木、メガネ、カロリー)はテニスコートへと出て行った。 ***  テニスコートは学生達の通り道にあるから、あのイケメンエリートくんの名木が、テニスの試合をしようとしているのに気が付いたミーハー女子たちの群れがコートの外にすぐに出来る。テニス経験があって結構上手なことからみんなに(某漫画からとって)『王子』と呼ばれている王子はそれも面白くないらしく、『チッ』と舌打ちをしてからボールをポンポンとバウンドさせて、また逆側のコートに立ってサーブを待っている名木に向かってラケットを突き付ける。 「名木ぃ! 見てろよ、お前のそのイケメン顔をボロボロに負けさせてやるからな!!」 「よろしくお願いします、王子くん」 「チッ、お行儀の良いこった……行くぜ!」  審判役はあまりテニスに詳しくない俺で、だから俺は適当に『えー。じゃあ王子のサーブで。ワンゲーム、プレイ!』と試合開始の合図をする。王子は早速さすが経験者、勢いのあるフラットサーブを打ったが名木は『ふうっ』と息を吐いてステップを踏んで、それを簡単に打ち返した。まさか打ち返されると思っていなかった王子は余裕をぶっこいていたから、簡単に名木に『リターンエース』を決められて、一瞬ぽかんとする。 「次、俺のサーブですね」 「なっ、なななお前、」  場外の野次馬女子から『キャー』と黄色い声が上がる。確かに見事なリターンエースだった。王子が油断していなくても、取れなかったかもしれないオンザライン。俺にも多少は分かるくらい、名木はテニスが上手いから、試合中だというのに俺は名木に尋ねてみる。 「何、名木家ではテニスも嗜みの一つなの?」 「いや。こういうスポーツは、指を痛めるかもしれないから普段はやらない」 「その割に上手くない、名木?」 「テレビで見て、勉強はしてある」  ゾゾっと俺は背筋を震わせる。何それ。それってテレビを見ただけで、見よう見真似で今のリターンエースを決めたってこと? 名木、どんだけガチのエリートくんなんだよ。パーフェクトマンか。『名木くーん、こっちむいてー』『格好いいー』と女子の声が飛ぶ。王子はその三白眼で、やじ馬どもをじろっと睨みつけて、それから『はー』と息を吐いて首筋に手をやった。 「まー、俺もちょっとサービスしすぎたな。次からは本気で行くぜ!!」 「よろしくお願いします」  相変わらず冷静な名木に、『ぐぬぬ』状態の王子だが、俺は確かにそのあとの試合も見ていた。名木のサーブを王子はやっと取って、それでもいくらかラリーをしていると、前に出てきた名木にボレーを決められたたり、逆に勇み足で前に出てきた王子に名木がロブを決めたりして、あっというまにフォーティーラブ。あと一点で、名木が一ゲームをとるというところで王子が切れた。 「っくそ、やってられっかこんなん! 大体やじ馬ども、うるせーんだよ集中出来ねーだろ!!」  そう野次馬の女の子たちを怒鳴りつけては、『負け犬のー』とか『男の嫉妬は醜いよー』だとか女の子たちにクスクス笑われて、王子はもうぶちギレてラケットをコートにたたきつける。負けが決まる前に、王子もゲームを止めてしまいたかったのだろう。 「止めだ止め! 俺にはテニスなんか性に合わねーんだよ。唯月、部室戻るぞ!!」 「あっ」  審判役に立っていた俺の方に王子がやってきて、俺の細腕をグイっと乱暴につかんでは部室の方へと俺を引っ張っていく。名木はサーブの準備をしていたところ、それを取りやめてちらっとやじ馬たちに一礼して、それから一人、散らかったボールと王子のラケットを拾い始める。それを手伝うテニサーの部員はいなくて、眼鏡もカロリーもさっさと俺と王子の後について部室内に戻っていった。

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