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6.ともだち①
名木と暫くピアノ室で過ごして、それから二人で帰路に着こうと大学構内を歩く。コンクールのこと、名木に言おうかどうか迷ったけれど、言っていない。大体、名木だって絵画専攻のその課題を知っていて黙っているのかもしれないし。絵画コンクールで、名木はまた、俺の絵を見ることになるだろう。最近まともに描いていない俺の無機質な絵。それでも名木はおれの絵が好きだと言っていた。高校に入って、同級生たちの玩具にされ始めてから投げやりになったコンクール。そこにもきっと俺の『かわいそう』が詰まっていたのだろう。名木はかわいそうな俺が好きなのだ。名木は優しいけれど、よく考えたらそういうことだ。名木は……名木は、本当に。思って並んで歩いていると、ふいに曲がり角、画材を持った学生の一人と名木がぶつかりそうになる。
「っと、すみません」
「……チッ、こちらこそ」
『あっ』と声が出そうになった。そこにいたのは、俺の因縁の相手、金賞常連の絵画エリートの西城だったから。西城は昔から黒髪を無造作に伸ばしっぱなしで目元も隠れていて、地味な印象の見た目をしているけれど、芸術家らしく(というのか)いつも気が立っている。西城は背の高い名木を見上げて、それから最近とりわけ大学に入ってからは銀賞にも届かない程度の絵を描いている俺に気が付いて、前髪の奥の鋭い視線で俺を睨む。
「阿須間じゃないか」
「……な、なに」
「唯月、知り合いか?」
「名木くん、僕のことを知らないの。僕は西城、名前くらいは知っているだろ」
「ああ、あの金賞常連の……君が西城くんなのか」
「そうだって言ってるだろ」
そんなやり取りを二人がしている中、俺は気まずくて名木の背中に半分隠れて名木の服の裾を掴む。名木は俺の気持ちを知ってか知らずか、『唯月?』と俺に声をかけてくるから俺はますます顔をそらすが、西城は容赦なく俺を責め立ててくる。
「阿須間お前、とうとう僕への負けを認めたのかよ」
「なに……それ。俺はいつだって、西城に負けてたじゃん」
「ここ最近のお前の絵は、腑抜けも腑抜けといって良いところだ。やる気があるのか?」
「やる気なんかあるわけない。俺は自分の絵のこと、嫌いだし」
「だったら何故芸大に進んだ? お前はまだ絵に縋り付いてる。この僕と戦う闘志もないくせに、でも自分にはそれしかないって解ってるんだろ」
「……そ、れは、親の手前」
「嘘をつくな。お前には絵の道以外ない。いい加減目を覚まして、その派手な身なりに構っている暇があったら真剣に自分の絵と向き合えよ」
「……」
西城は、さすがずっと俺の絵と賞を競ってきただけあって、俺の内情を良く解っている。俺は俯いて顔を暗くしていて、それに見かねた名木が俺の代わりに西城に返事をする。
「西城くん。絵っていうのは競い合うものではないだろう」
「はあ? なんだよお前」
「唯月の絵には唯月の絵の、君の絵には君の絵の良さがある。それは比べて良し悪しを競うものではないんじゃないか?」
「お前、ピアノが専門だろ。お前に俺たちの絵の、何が分かるんだ」
「君の絵については詳しくはないけれど、俺は唯月の絵をずっと見てきた。唯月の絵には唯月の気持ちが、充分に投影されている」
「だったら去年のコンクールの、あの腑抜けも見たんだろ。あんな投げやりな作品も、何にもわからないお前は良いっていうのか?」
「唯月の絵に映った寂しさは、これから俺が埋める予定だ」
「はあ? 何言ってんだお前」
「唯月はこれから俺と恋をして、その絵の色彩をより豊かなものにする。それはきっと、今までより更に世間を魅了するよ」
「恋? だから、何言ってんだお前……はあ? お前らホモなのか?」
「なんとでも言って良い。とにかくきっと、唯月は次のコンクールでは、君にも満足のいく絵を描ける」
「ふーん……意味わかんないけど、そうなのか? 阿須間」
再び西城は俺に話を振る。俺は、俺は名木と恋をして、そしたら西城にも勝てるのだろうか。いいや名木が言っていた。確かに絵っていうのは競い合うものではないのかもしれない。今までずっと西城に、兄に劣等感を抱いてきた俺だけれど、俺たちの絵に本当に、勝ち負けがあったのだろうか。そして俺は、かつてのように絵を描けるのだろうか。甚だ疑問であるから俺は『えっと?』と首を傾げる。その様子に西城はまた苛々して、俺の肩をドンっと小突いてきた。
「なんだよ、本当に腑抜けになりやがって阿須間! でも本当に、次のコンクールは僕だって楽しみにしてるからな。名木くんのいう『より豊かな色彩』とやら、この僕にも見せてみろよ」
「……そう言われても」
「唯月は君にも、きっと満足のいく作品を描くよ」
「ちょっと名木、」
「大丈夫だ。唯月、君ならできる」
「……」
何の根拠と自信があってそう言うのか。だって俺はまだ、名木のことを好きなのかどうかも分からない。確かに愛のあるようなセックスはしたけれど、たかが一回交じり合っただけで、名木が俺に長年感じてきたらしい『愛』やら『恋』やらを、ビッチな俺が名木に感じるわけもない。黙っている俺に鋭い視線を向けて、でもそもそも急いでいたらしい西城は『あっ』と言って時計を見ては、
「それじゃあ、また」
そう言って、構内を駆けて行ったのだった。
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