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6.ともだち②

 さらに俺たちが帰路を行っている中、どたどたと騒がしい足音が三つ、俺たちの後ろから駆けてきた。 「唯月っ、唯月おいっ!!」  王子の声であった。振り返ると左頬に痣をつけた王子と、走りに走ってヘロヘロのメガネとカロリーの俺の同級三人組が俺と名木の前に立ち止まった。 「王子……メガネにカロリーも。てか王子、その痣どうしたの」 「どうした、はこっちのセリフだっての!! 唯月、ヤリサー抜けるってどういうことだよ!?」 「あっ、そういえばそうだった」 「先輩はめっちゃ苛々MAXで、俺はうっぷん晴らしに殴られるし! 唯月が抜けるんだからお前らも抜けろとか言われるし、何なんだ?」 「あーっと、」  何があったか言うべきが言わざるべきか、俺が迷って目を泳がせて名木に助けを求めると、いつも通りつらっとした様子の名木が願い通り代わりに答えてくれる。 「王子くん、先輩方が苛々しているのは俺のせいだ。すまない」 「はあ!? 名木……あっ、入部届け出しに行ったのか?」 「そのつもりだったんだけれど、ちょっと気が変わって唯月を無理やり足抜けさせてしまったから」 「足抜けって? 唯月ちゃん、本当にテニスサークル辞めちゃうの?」  眼鏡が俺の方をウルウルと涙目で見やるから、俺も考える。今日の先輩方の所業。高校時代のトラウマ。俺は、皆に抱かれてあげているだけだったのに、今日のように望まれないことをされるのなら俺は、 「うん……俺、ヤリサーはもう抜ける。王子たちにも迷惑かけちゃったんだね、ごめん」 「唯月、急にどうした? あんなに複数プレイとかエロいことも大好きだったのに、まさかそっちのイケメンくんに、もうメロメロなのか?」 「カロリー。そういうことじゃないんだけど、えーっとまあ。ちょっと俺が先輩方に酷いコトされて、名木がそれを助けてくれて、落とし前だって俺を抜けさせたんだ」 「酷い? 唯月、一体先輩方に何されたんだよ」  王子の三白眼が細くなって、俺の両肩をガシッと掴む。詳細は言いにくいから俺はまた目をそらして、『まあ、王子が心配することじゃないよ』なんていったけれど王子は猶もグイグイで、 「なんだよ、俺たち仲間だろ! そっちのイケメンには言えて、俺たちには言えないなんて納得いかねーよ!!」 「なっ、仲間? 仲間って、ヤリ仲間って話?」 「うっ、うるせーな! いいから聞かせろ唯月、俺たちにだって、お前が抜ける理由を聞く権利がある!!」 「……うーん、まあ、そうか。そうだよね、じゃあちょっと、取りあえず人目があるから別の場所で」  名木とも目を合わせて頷き合って、俺たちは大学の、人気の少ない裏庭ベンチにやってきた。そこで色々、俺が先輩にされた放置プレイの詳細を王子たちに言って聞かせて、名木が先輩を伸したことも付け加える。すると王子たち、とりわけ王子が一番怒り心頭になって『あっの、野郎ども!』と声を上げる。 「唯月は確かにオモチャ属性のメス男子だけどなぁ、人権ってもんがあんだろうがクソっ!!」 「唯月ちゃん、ごめんね僕たちが珍しく授業なんか受けてた間に、」 「放置プレイねー。唯月お前、そういうのは趣味じゃなかったんだなぁ」  それぞれの感想に気まずくて(俺が泣きじゃくったことは割愛した)、俺は『あはは』と呑気ぶって笑う。それを横目で見た王子が続ける。 「俺たちだって屑だけど、あいつらは群を抜いた屑だな。あんなサークル抜けて正解だぜ」 「でも王子。俺が抜けたらまた先輩方、女の子を集めると思うよ? また女の子と遊びたいなら、王子たちはまだ抜けないほうが、」 「言っただろ。俺たちはもう、唯月でしか勃たねーんだよバァカ」  照れくさそうにはにかんだ王子に、くしゃっと頭を撫ぜられる。メガネもカロリーも『うんうん』と頷いていて俺は、なんだかそうか、こいつらには俺って、結構求められているんだな。と感極まってしまった。皆と目を見合わせ合って俺も照れくさくて『えへ』と笑ったところで隣に座っていた名木に、肩をグイっと抱き寄せられる。 「王子くんに君たちも、唯月はこれから俺と恋をする予定なんだ。あのサークルを抜けたらもう、君たちともセックスをする理由はない」 「あ゛? 名木、お前が唯月のこと好きなのは解ってるけどなぁ。唯月がお前だけのものになったわけじゃねーんだぜ」 「……まあ、今のところは一理あるけれど。見ていろ、そのうち唯月には俺だけになる」 「はっ、なんだその自信。唯月は複数プレイが大好きなんだぞ! お前がどんなに甘やかしたところで、お前ひとりじゃもう満足できない身体なんだよ!」 「……」 「なっ、なんだよその目、睨んだって俺ぁ引かねーぞ」 「名木、ちょっと落ち着けって。まあ俺だって、やっぱり王子たちのこと放っておけないし」 「王子くんだって、彼女の一人でも作ったらどうなんだ?」 「はあ? 彼女? だから俺はなぁ、俺は言っても唯月のことがっ、」 「「唯月のことが?」」  王子のセリフに俺と名木の声が重なる。名木の声は威嚇するようなそれで、俺の声は疑問にあふれたそれだ。王子はぐっと息をのんで言葉を飲み込んで、『かー』とブンブン首を振っては、 「あーもう、もういい!! 唯月、また今度、そっちのイケメンくんがいないときにヤろうぜ」 「あ、うん……そうだね?」 「唯月、唯月は次のコンクールの絵に取り掛かるべきだ」 「あ、ああ……それもそうなんだけど」  そういえばそうなのだ。俺はコンクールの絵を描かないといけない。この一瞬ではまだ、テーマもモデルも決めていなかったけれど、ふっと俺は思いついて目の前の四人にお願いする。 「そうだ。お前ら、これから俺の部屋に来ない? ちょっと、絵のモデルになってよ」 「絵のモデル? だったらそっちのイケメンくん一人の方が……」 「『友達』の絵を、描きたいんだ」  照れくさくて唇を尖らせながら、俯いて足元をもじもじさせる俺に王子も名木もズキュンと来た様子(俺は気が付いていないけれど)。友達、という響きに王子も名木も百パーセントは納得いかないようだけれど、でも俺に『友達』と言われたことは満更でもなく、メガネもカロリーもへらへら喜んで『わー、友達だって』『友達かー』だとかなんとか言っている。 「友達を家に上げるの、名木以外は初めてなんだ」 「って名木! 唯月の部屋に上がったのかよ!?」 「何か問題でも? 王子くん」 「チッ、くそ! まあ良い、これから俺らも上がるんだからな、引き分けだ!!」 「引き分けってなんだよ王子。良いからもう、皆で俺の部屋に行こう?」 「おう!」「ああ」「「おー」」  四人の声がそろった束の間の、さわやかな大学生らしい時間である。俺はおかしくなって笑ってしまって、名木の腕と王子の腕、両方を掴んでカロリーとメガネの一歩前をニコニコ笑顔で部屋まで小走りしたのだった。 ***  名木邸宅前、ご立派な平屋の門構えの前に俺の京介兄ちゃんがいつものかっちりした私服で立っている。兄ちゃんはインターホンの前に立ってコホンと咳ばらいをして、それを鳴らす。ピンポーン、と音がして、数秒後に名木家の手伝いが返事をする。 『はい、どちら様でしょう』 「阿須間、阿須間京介と申します」  カメラに向かって兄ちゃんは自分の名刺をずいっと見せつけて、それからまたゴホンと咳払いをする。手伝いの一人は言っても著名人の兄ちゃんだから『えっ』と驚いて、それから続きを聞く。 『かの有名な芸術家の、阿須間様ですよね? 阿須間様が名木家にどういったご用事でしょうか』 「私の弟と、そちらの息子さんが同じ大学に通っておりまして、二人の仲についてお話がございます。ご主人か、奥様はいらっしゃいますか」 『ご主人様はまだお仕事でして、奥様でしたら……』 「会わせていただけますか」 『しょ、少々お待ちください』  手伝いは邸宅内をかけて、名木の母親にアポイントメントを取りに行く。数分の間があって、その間兄ちゃんはお行儀よく姿勢よくその場に立ったまま。手伝いがインターホン前に戻ってくると、 『阿須間様、どうぞお入りくださいませ』  そう言って、正面玄関の門構えを自動で開いては、俺の兄ちゃんを名木邸へと招き入れたのであった。

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