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7.兄ちゃんの策略と名木の純情①
名木家の応接間に通された俺の兄ちゃんが、少しの間手伝いに出された紅茶を嗜んで名木の母親の登場を待っている。名木家の紅茶はとても上質で、平屋の中も随分上品で洗練された、よく掃除されている綺麗な家である。名木家は、やはり名門だ。それは俺と兄ちゃんの家……阿須間家にも勝るくらいに。ただ、兄ちゃんはやはりお行儀がいい。部屋をじろじろと観察することもせず、この場では名木家を探るような真似もしない。じっとただソファー正面に飾られた絵画を見つめては、それもまた上質だと頭の外でうっすら感じるだけ。
「阿須間様、お待たせいたしまして申し訳ございません」
そこに五分後、やっとで名木の母親が応接間に入室してきた。ソファーから立ち上がった兄ちゃんが見ると、白いブラウスとロングスカートをまとった名木の母親はこちらも上品で穏やかで、不躾に突然押しかけてきた京介兄ちゃんにも嫌な顔一つせず挨拶をする。
「わたくしどもの長男と、阿須間様のご次男とが同じ大学だとお聞きしました。気も利かずご挨拶もせず、失礼いたしました」
「いえ。そちらのご長男と、うちの弟とに接点があると、私も知ったのは最近ですのでお気になさらず。それよりも、急な訪問にも拘らずこのように歓迎頂きありがとうございます」
「何をおっしゃいます。あなたは名高き芸術家の阿須間京介さまなのですから。同じ芸術家一家として、歓迎しないわけがありませんわ」
「恐縮です」
「どうぞお座りくださいませ、阿須間さま」
「失礼いたします」
二人が向かい合ってソファーの長椅子と一人掛けに座っては、名木の母親が母親の分の紅茶を持ってきた手伝いを部屋から払う。母親は紅茶を一口嗜んで、穏やかに微笑んでは兄ちゃんに用件を聞く。
「それで、ええと……うちの拓斗とそちらのご次男、唯月くんはお友達なんでしょうか?」
「拓斗くんは、うちの唯月の部屋に上がり込むような同級です」
「上がりこむ?」
「言葉を濁しても仕方がない、ここは率直にいきましょう。奥様、そちらの拓斗くんはうちの唯月と肉体関係を持っています」
「……はっ」
「唯月はきっとそれを望んでいない。唯月は、自身も男でありながら、男性が怖いはずだから」
それは兄ちゃんが俺に抱いている幻想、というか過去の俺のことである。今の俺は開き直ったビッチでメス男子で、直前までヤリサーの姫なんて言う立場の男だったのだ。ただ、兄ちゃんは前述のように思い込んでいる。それとも思い込みたいだけなのか。一方の奥様は全身を強張らせて、穏やかな表情を引きつらせて俺たちのスキャンダルにあいまいに笑う。
「まさか、拓斗には許嫁がおりますわ。それに息子には、男色の趣味なんか……」
「おや、許嫁ですか。それではこのままでは拓斗くんは、その許嫁とやらのことも傷つけてしまうでしょうね」
「いえ、ですからそれは、何かの間違いでは?」
「間違いだなんてとんでもない。わたしがこの目で、二人が唯月の部屋に隠れている所、性の名残を見たんですから。それに、唯月の後処理をしてやったのもこの私ですよ」
「その目で、後処理……?」
「唯月の中には確かに男性の、拓斗くんの精液が注がれていました」
「っ、」
息子のセックス事情なんか聞きたくない名木の母親は、しかもそれが男性同士のそれであることに動揺して、息を飲んで口元を抑えて、顔を真っ青にする。兄ちゃんはつらっとどころかほんのり笑みを浮かべている。
「そちら様も、こちら側も、二人の仲を歓迎しないのは同じですね」
「もっ、申し訳、申し訳ございませんっ!! 拓斗にはきつく、きつく言い聞かせますからどうかっ、」
「謝らなくて結構です。奥様、ただ拓斗くんに、厳しくもう『唯月に関わるな』と言っていただくだけで良い」
「はっ、はい勿論! なにせ拓斗には美鈴さんという許嫁がおりまして!!」
「私がその美鈴さんとやらにこのことを、口外することはありません。ただ拓斗くんが、これからも唯月に接触してくるようであればその時は、」
「けっして、けっしてもう、二度と阿須間さまのご次男に、接触するようなことがないよう言い聞かせますわ!」
「解っていただけて嬉しい限りです。それでは、こう長居するのも失礼ですので、私はこれで」
「阿須間さま、どうか、どうか本当に拓斗とご次男とのこと……」
「ですから、口外は致しません。彼が唯月にまた、おかしな真似をするようなことがなければ、ですが」
「っ……!!」
嫌な感じに兄ちゃんは笑って、奥様と手伝いに見送られて、それからさっさと名木家から出ていく。奥様は、旦那様……名木の父親にもこのことを相談するだろう。兄ちゃんは名木を、俺から排除することに成功したと思っている。だから可笑しくて、歩きながらクツクツと笑みをこぼしては、スッと無表情に戻ってまた、自身のアトリエへの道を行った。
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