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7.兄ちゃんの策略と名木の純情②
一方そのころ。そんなこととは知らない俺たち元ヤリサーの二年組と名木は、俺のアパートに集まってソファーに三人(王子、名木、眼鏡)、ひじ掛けにひとり(椅子に入りきらなかったカロリー)と座ってはギャーギャー騒いでいる。その向かいにはイーゼルに向かった俺、阿須間唯月。
「せっまいっつうに! ってか名木、お前ガタイ良すぎなんだよ!!」
「そう言われても……王子くんは筋トレなんかはしないのか?」
「王子がそんなんするわけないじゃないか名木くん。ってゆーか僕たちには唯月ちゃんとのセックスがスポーツっていうか、ぷぷ」
「それじゃあこれからは、唯月とそういうことをすることが無くなるんだから、本格的に別の運動をした方が良い」
「決めつけんなよ! お前がいなきゃ唯月だって、これからも俺たちとノリノリで複数プレイするんだからな!!」
「だから、唯月にはそのうち俺だけになる」
「何なんだよその自信!?」
と、まで騒ぐ同級たちがおかしくて、俺は『あはっ』と笑いをこらえ切れなくて口元を抑えて、キャンパスに滑らせていた鉛筆を止めて、それから彼らに注意する。
「もう、お前らちょっと騒ぎすぎってか動きすぎ! 一応絵のモデルなんだから、大人しくしてよね」
「「「「……はい」」」」
四人が四人、一様に大人しく返事をして一旦は固まって、しかし数秒後には『あー、あつくるしー』とカロリーがまず騒ぎ始める。カロリーは眼鏡にちょっかいを出して、そうするとメガネが名木の方に寄ってしまって、すると自動的に王子の席が狭くなっては王子が『だから、せめーんだよアホ共!』と暴言を吐く。おっかしい。本当に、なんていうか普通の友達みたいだ。みんなとこんな風な空気になってるの、なんていうか悔しいけど名木のお陰かな。名木が俺を、ヤリサーから足抜けさせてくれたお陰なのかもしれない。この俺に、普通(とまではいかないけれど)な男友達ができるなんて。男友達の、絵を描く日が来るなんて。ああきっと、ほんとうにこの絵は名木の言った意味ではないだろうけど、色めきだって良いものになる……かも。
「はい、大体かけた。あとは一人で……皆の写真を撮ってそれで描くから、ちょっと待ってね」
戸棚からカメラを取り出して、俺は『はいチーズ』といってわちゃわちゃしている四名を一応データに収める。それが終わると四人とも(名木以外)我慢の限界とばかりにがばーっと立ち上がっては『ふー』『はああ』『つかれた……』等と愚痴を言っている。
「おい唯月、モデル代にフェラの一発でも頼むわ」
「むっ、王子。そうしてあげたいところなんだけど、もうちょっとしたら兄ちゃんが来るかもしれないから」
「唯月、兄貴いたのかよ?」
「ハハッ、王子ってホントに無頓着だよね。そういうとこ、好きだよ」
「えっ」
何気なくカメラを片付けながら王子を褒めたら、俺の背中を見ながら王子がニマーっと笑って勝ち誇ったように名木を見下ろしていたらしい。俺が王子に『好きだよ』なんて言ったことが不満な名木はむうっと難しげな顔をしていたけれど、次には彼のスマートフォンの着信音が響いたから、それに取り急ぎ応対をする。
「はい、もしもし母さん?」
『拓斗っ! どういうことなの!?』
「は? 何を言って、」
『今、どこにいるの!!』
「唯月の……友達の家だけれど」
『!! あなたまた、唯月くんとおかしなことをしてるんじゃないでしょうね』
「いや、何を言ってるんだ母さん。俺はただ、絵のモデルに……」
とまで電話口で騒いでいる名木の母親の声が、音漏れして俺たちにも少しだけ聞こえる。王子なんかは不躾に名木の電話に耳を澄まして隣に座っているから全部、全部が丸聞こえだ。
『あなたには、美鈴さんという許嫁がいるでしょう! 美鈴さんを差し置いて男の子に手を出すだなんて、信じられない!!』
「……母さん? どうしてそのことを、」
『!! やっぱり本当なのね! 良いから今すぐ、家に帰ってきなさい!!』
「だから母さん、どうしてそのことを……一体どこから聞いたんだ」
『くれぐれも、あなたには美鈴さんが居るのよ! そのことを忘れないように、とにかく早く帰ってきて!!』
一方的に電話が切れて、母親の動転した様子にこちらも戸惑っている名木と、電話をまるまんま全部聞いていた王子が顔を見合わせる。
「なーんだ名木、流石お坊ちゃまってか。おまえ、許嫁なんかがいるくせに唯月に手ぇ出してたのかよ」
「えっ、許嫁?」
思わず(電話を聞いていなかった)俺は目を見張る。名木に、許嫁? それって……俺にあんなに愛を囁いたくせに、将来を約束した女性が名木には居たってこと? それっておれ、遊ばれてたってこと? いや、俺だって別に名木に真剣になっているわけじゃない。でも、なんだかモヤモヤして唇を尖らせる。名木は冷静に『いや』と首を振る。
「両親が、勝手に俺に宛がっただけだ。まだ婚約だとか、そういう話にも至っていないし、許嫁だなんて大袈裟すぎる」
「フーン? でも名木、お前はあの有名なピアニストの母親に逆らえるのかよ」
「王子くん……俺には唯月がいる。唯月しかいないんだ」
「名木、」
モヤモヤしていた俺も、名木の言葉にぽっぽとやっぱり身体が火照る。でも実際問題俺たちって男同士だし、絵画とピアノの名門一家で畑違いだし、名木には両親が宛がったという許嫁の女性と一緒になる道が、きっといい道なのだろう。だとしたら……、
「名木。許嫁の女の子も、きっと名木と一緒になりたいって思ってるはずだよ。俺なんかに構ってないで、その子を大事にしてあげたら?」
「唯月。だから、俺には君しかいない。俺の演奏を色めき立たせるのは君との恋だけなんだ」
「……俺は名木の、演奏の道具?」
「そういうことを言っているんじゃない。俺の人生には唯月が必要だと、そう言っている」
「名木の人生に必要なのは、可愛いお嫁さんなんじゃないの」
「唯月、」
とまで言い合ったところで焦れた王子が『ハイハイ、そこまで』と間に入ってくる。
「唯月の兄貴もここに来るってことだし、名木は母親に『帰ってこい』って言いつけられてるし、今日のところは大人しく解散にしようぜ」
「むっ、」
「そうだねー。唯月ちゃん、また明日大学で」
「俺も腹減ったし、牛丼でも食って帰るかな!」
さっさと帰り支度をする元ヤリサーの三人を見て、電話を見て俺を見て、名木は『はぁ』と額に手を当ててからまた俺を見る。
「仕方がない。唯月、許嫁のことは気にするな。母親にも、そういう気はないときちんと解ってもらうから」
「お、俺には関係ないよ、名木」
「俺は必ず、君の恋人になる。今は友達でもいいけれど、とにかく必ずだ」
「……そ、ソウデスカ」
名木も帰り支度を始めて、俺はさっきとった写真を確認しつつ、皆が俺の部屋から出ていくのを見送った。名木に許嫁。でも名木にはそういう気はない。俺の友達たち。初めて出来たといっても過言でもない、王子や眼鏡、カロリーと名木。大事な友達の絵を、俺は複雑な思いでだけど、ひとり描き進めることにした。
その日の夕方。来るかもしれないと思っていた兄ちゃんは、俺の部屋には来なかった。
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