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第7話

「きゅきゅ〜っ!(ハイカ!ハイカしっかりしてっ!)」 「くあああ……っ!」 ハイカは体を丸めて苦しそうに震えている。吐く息が短い。 「きゅきゅーっ!(ハイカに一体なにをしたの!?)」 『そやつは先ほど我と約束を交わした。交わされた約束は契約と同じ意味を持つ。契約が果たされなんだら命を頂くそれが代償じゃ』 「きゅーっ!(ハイカは約束をしただけで貴方から何も受け取っていない!そんな契約は成立しないっ)」 『それはそちらの理屈、我には我の理屈がある。さあ幼子よ、早く我を解放せよ、さもなくばその童わらしは死ぬぞえ』 ハイカの息が段々短くなってきている。このままじゃ本当にハイカが死んじゃう…。 でもこの精霊は絶対に外に出しちゃいけない…。この谷が暗く薄暗いのは、きっとこの精霊の気が満ちているからだ。 封印されていて尚こんなに邪気を放つ精霊を解放してしまったら、どんな恐ろしい事になるかわからない。 『さあ…幼子よ早ようせい』 ああ…ハイカ…どうしようこんなことになるなんて。 「きゅう…(隊長さん…)」 ボクが思わず隊長さんの名前を呼んだそのとき―― 「エナーっ!エナっ、ここにいるのか!?いるのなら返事をしてくれっ!!」 隊長さんっ!? 隊長さんの声だっ!どうして隊長さんがこんな所に!?でもボクが隊長さんの声を聞き間違えるはずがない。 「きゅきゅきゅーっ!(隊長さーんっ!ボクはここだようっ!)」 滝の水音に負けないように精一杯叫ぶ! 「エナっ!滝の向こうかっ?」 ボクの声が届いたのか、直ぐに隊長さんが水飛沫を上げて飛びこんで来てくれた。 「エナっ!無事かっ?怪我はないか!?」 「きゅうーっ!(隊長さん隊長さあーん!)」 「無事で良かった。どうしてこんな所に来たんだい?さあ帰ろう、ここは長くいてはいけない所だ」 やっぱりここは良くない場所だったんだ…。 はっ!そうだっ!ハイカは!? 「きゅっ!きゅーっ!(隊長さんハイカがハイカがっ!)」 ハイカの傍に近付いて叫ぶと、隊長さんが膝を折りハイカの様子を診てくれた。 「…これは不味いな…、早く医者に診せないと…。行くぞエナっ!」 「きゅっ!(うんっ!)」 『待ちや…、誰の許しを得てそやつらを連れて行くつもりじゃ』 ハイカを抱き上げた隊長さんとボクに向けて、怒りを滲ませた精霊の声が木霊する。 「…何の声だ?」 『その童子と我は契約を結んだ。人の子風情が勝手な真似をするでないっ!』 声と共に洞窟の中にいかづちが飛び散り、ボク達は岩肌に叩きつけられた。 「きゅう〜っ」 「…くっ、大丈夫かエナ」 『邪魔をするなと言っておるであろ?まったくこれだから人間は…幼子よ。早く我を解放せよ、さもなくばその童子と同じようにその人の子の命も頂くぞ?』 精霊がそう言った途端、隊長さんが喉を押さえて苦しみ始めた。 「…くっ、か…っは…」 「きゅーっ!(隊長さんっ!やめてやめてよっ!どうしてこんなことするのっ!)」 『我を解放しさえすれば、直ぐに止めてやるよ?幼子次第じゃさあ早ようせい!』 「きゅっきゅきゅー!(解放ってボクにはそんなのどうしたらいいのかなんて分からないよっ!)」 『なにそなたならば容易い事じゃ、心から願うだけで良い』 「きゅ…(願う…?)」 『そうじゃ、この石に手をついて心から願えば叶う』 心から願う…? 「きゅう…(ひとつだけ教えて…貴方は解放されたらどうしたいの)」 『むろん我は我の好きなようにするさ』 「きゅう…?(例えばいまみたいなこと?)」 『我を閉じ込めた人間共への礼は欠かさぬよ、手始めにここいら一帯を闇で焼き尽くしてやろうかの』 洞窟に精霊の甲高い笑い声が木霊する。 「きゅう…(それは何のためにするの?)」 『勿論我が楽しむために決まっておろ?この世界は我が楽しむ為にこそ存在する』 「きゅう…っ(自分の為だけに、今みたいに人を苦しめるんだ…)」 『だから何じゃ、そんな事より早くせねば童子もその人の子も死ぬぞえ』 ハイカも隊長さんも顔色が土気色になって来ている…。もう迷っている時間はない。 「きゅっ…(分かった…)」 一歩、秘石の前に踏みだすまた一歩、一歩… そうして秘石を見上げて、精霊が言ったように願いを心に思い浮かべた。 ーー心から願うこと…それは、みんなの幸せ。 大好きなシーグさん。 いつも果物をくれる露店の女将さん。 お隣のおじさんとおばさん教会の神官さまたち。 意地悪だと思ってたハイカだって、大好きな人達の為に頑張ってる。 そして何より大切な大好きな隊長さん…。 なのにボク達が馬鹿な真似をしたせいで、隊長さんを危険な目にあわせてしまった。 だから……。 「きゅっ…うきゅーっ!!(ボクは貴方のように自分の為に人を傷つける精霊を解放したりなんか絶対にしないっ!!)」 ボクは力の限り心の底からそう願って、前足を秘石にかけた。 『…この…小童…っ!』 その瞬間、まばゆいばかりの光が洞窟中を覆う。 そしてその光は洞窟から滝を通りぬけ、龍の谷すべてを覆い尽くしていった。 『…ぎ…やあああああ………っ』 光の洪水の中で、精霊の断末魔の叫びを聞いた気がした。 そのまま意識をなくしたボクには、それが本当だったのかどうか確かめる術はなかったのだけれど……

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