9 / 10

第9話

結論から言うとボクの変化は失敗だった。 っていうか、自分の希望とまったくかけ離れたものだったって言うのが、正しいんだけど…。 変化しようとしたボクの体は、あの美しい聖母神獣の姿からもとの斑色のちんまいボクの姿に戻り、そしてそのままボクは人型になった。 つまりみそっかすのボクが人の姿になったワケ…。 アルティアみたいな美少年の姿を思い描いてたボクの想像とは、まったく違う。 ちんまい背丈に斑色の髪の毛と平凡な顔…。 シーグさんが言うには聖母神獣の力はとても強大で、今のボクの力じゃまだ上手にコントロール出来ないんだって。だからもっと大きくなって力が安定したら聖母神獣の姿を保てるし、それに伴った変化も出来るようになるよって。 無理をすると力を使い過ぎて、こないだみたいに消耗した体力を戻すのに何日も眠ったままになったりするから、ボクが大人になって聖母神獣の力をちゃんとコントロール出来るようになるまでは、無理しちゃ駄目なんだって…。 ああ…がっかり…。 せっかくせっかく、隊長さんのパートナーになれたんだから、あの男前の隊長さんに相応しい姿になりたかったよう…くすん。 がっくりと肩を落とすボクの前に、見馴れない男の子が現れてボクの名前を呼んだ。 「ようエナ」 「ハイカっ!?」 明るいオレンジ色の髪の毛に同じ色の吊り上がった瞳、ちょっと生意気そうに見える10才くらいの少年は、ハイカの声で話しかけてきた。 そう言えばハイカは、この間儀式をすませたんだったっけ。 考えたらハイカに会うのはあの谷に行ったとき以来だ。シーグさんから元気だとは聞いていたけど、こうして無事な姿を見て安心する。 「元気そうで良かった。儀式無事にすんだんだね、おめでとうハイカ」 「…喋れるようになったんだな」 「うんっ、ボクも明日、目覚めの儀式を迎えるよ」 「ああ知ってる。おめでとうエナ」 あれ…?ハイカが意地悪を言ってこない。 「今日はお祝いとお礼を言いにきたんだ…、龍の谷では迷惑かけてすまなかった」 「ハイカ…」 「お前がいなかったら多分オレ死んでたと思う…。自分に過ぎた力を求めれば、大きな代償を払わなきゃならないって、よく分かったよ」 「…そうだね」 ハイカだけじゃない。ボクも自分じゃないものになりたくて、アルティアみたいになりたがって、大変な事態を引き起こすところだった。 ボクが聖母神獣の力を解放出来なければ、隊長さんもハイカも死んでただろうし、あの精霊が外に出ていたらとんでもない被害が出たかもしれない。 力を望むならば、その代償を払う覚悟が必要だって、ボクらは学んだ。 「オレさあ…。セレンやチビ達の為に力が欲しかったけど、それ間違ってたって気付いた。死にそうになってたオレを見てセレンもチビ達もそりゃ悲しんだんだ…。大事な人達を悲しませてまで得た力で強くなっても、意味ないって思った。自分の力で大事な人達を悲しませないようにするのが本当の強さだって」 そうだねハイカ、ボクもシーグさんと隊長さんを悲しませてしまった。 「それを気付かせてくれたのはエナだ。だからありがとう」 「ううん、ボクこそありがとうハイカ」 大変な目にはあったけど、おかげでボクは目覚めを迎えられたし、伝説の聖母神獣なんてオマケまでついてきて隊長さんのパートナーになれるんだから。 「でもエナはなんで人型にならないんだ?もう変化出来るんだろ。こっちの方が色々便利だし、これからは人の姿で生活していかなきゃならないんだから、早めに慣れてた方がいいぜ?」 …う、それは分かってるけど…。 あのちんちくりんの姿にしか変化出来ないのが情けなくて、あれから一度も人型にはなってない。シーグさんも隊長さんも、変化したボクを見て可愛いって言ってくれたけど、それは身内の欲目ってやつだよね…。 もうアルティアみたいな絶世の美少年なんて高望みはしないけど、せめてハイカくらいかっこいい感じだったならなあ。そうハイカに言ったら、なんでかハイカの顔が真っ赤になった。 「じゃ、じゃあオレ帰るなっ!明日の儀式はセレンと見に行くからっ」 「あ、うん?ありがとう」 ずいぶん慌てて帰っちゃたなハイカ。 はあ〜明日はとうとう目覚めの儀式かあ。ボクが伝説の聖母神獣だってことが判明したら国中におふれを出して、大々的に目覚めの儀式を執り行う予定だったらしい。 だけどボクの力がまだまだ不安定だから、聖母神獣の存在を公にするのは当分先になったんだって。 別にさ、大袈裟にお披露目して欲しいわけじゃないし、みそっかすって言われてたボクがちゃんと目覚めの儀式を行えるんだから、それだけで十分嬉しいよ? …ただお披露目が延期になったのは、ボクの力が不安定だからってだけじゃなくて、変化した姿がちんちくりんじゃ説得力がないからじゃないかなって…。 そう思うとちょっとせつないんだ…。くすん…。 ***** そして今日はとうとう目覚めの儀式の日。 聖母神獣が目覚めたことは王様や大臣に報せてあるらしいけれど、誰が聖母神獣かは教えてないって言ってた。 ボクが聖母神獣の力を安定させるまでは、ボクの正体は秘密なんだって。だから今日の儀式もそっと執り行われる。 アルティアの儀式と比べたらやっぱり凄い違いだけど、そんなことはどうだっていいよね。 参列者の席にはハイカとセレンさんとそれに隊長さん、3人の姿がある。そしてボクの隣にはシーグさんがいてくれている。 それで十分。 厳かな空気のなかシーグさんが祝詞をあげると、ボクの体からゆっくりと光りが放たれ始めた。 「伝説の聖母神獣エレメンティアそなたに神々の祝福と加護を与える。末永くこのエドリアーリアナに守護の力を尽くされよ」 ボクはシーグさんに教えてもらった通りに誓いの言葉をのべる。 「はいこの命ある限りエドリアーリアナの為にこの身を捧げることを誓います」 そう誓いの言葉をのべながら、ボクはボクの大切な人達の為に、聖母神獣の守護の力を使い続けることを心に誓った――。 ***** 「いくぞエナ早くしろよ」 「待ってよ〜ハイカ」 儀式を終えたボクは一人前の守護神獣になるために、神獣たちの寄宿学校に入った。あれからハイカとはすっかり仲良しだ。意地悪だったのが嘘みたいに、今はボクをからかう神獣たちをやっつけてくれたりする。 ボクの聖母神獣としての力は、学校を卒業するまでは封印されることになった。不安定なまま力を使うと何が起こるか分からないから、ボクがちゃんとコントロール出来るようになるまでは周りにも秘密なんだ。 だからボクは相変わらずの斑色の毛並みの守護神獣。だから人型になっても斑色の髪の毛の平凡な男の子だ。 でもいつか聖母神獣の姿でいられるようになったら、きっとスゴい美少年になれるハズ! …自信ないけど。 でも隊長さんはこの見た目でもいっつも可愛いって言ってくれるから、このままでもいいかなって思い始めてる。ボクの髪の毛は神獣のときの手触りとおんなじだって、あのおっきな手でなでなでしてくれるし。 「エナ、明日の休みだけど町に出ないか?新しい店が出来たんだってよ」 「ごめ〜ん明日は隊長さんが遊びに来てくれるからシーグさん家に帰らなくちゃいけないんだ」 せっかく誘ってもらったのに断るのは申し訳ないけど、隊長さんのことは譲れないの。 「カイゼル侯が来るのっていつも夕方からだろ?町で遊んでからだっていいじゃんっ」 「でも早く帰って毛並みの手入れしたいから駄〜目っ」 隊長さんがボクのもふもふが一番好きって聞いてから、ボクはお手入れを欠かさなくなった。 髪の毛を撫でて貰うのも気持ちいいけど、神獣の姿でなでなでして貰うのもサイコーなんだもんっ。だから隊長さんに気持ち良く撫でて貰うためにも、お手入れは念入りにやらなきゃね! 「なんだよっいっつもカイゼル侯ばっかり優先してさもう先行くぞっ」 「えっ、待ってよハイカ」 拗ねたみたいに先に行くハイカを追いかける。最近隊長さんの話をするとハイカの機嫌が悪くなるのはなんでかな? ボクが先にパートナーを見つけたからヤキモチ妬いてるのかな、うんきっとそうだね。ハイカにも早く素敵なパートナーが現れるといいな。 そうして隊長さんとボクと、ハイカとハイカのパートナーさんと一緒にお仕事が出来たら素敵だよねっ。 「ハイカー!待ってよーっ」 いつか訪れる輝く未来に向かって、ボクは力いっぱい走りだした――。 End

ともだちにシェアしよう!