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「すみません…奥さん」
「いえ、気にしないでください」
本来なら追い返さなければならない「セールスマン」にお茶を出しながら、隼人は男をそっと盗み見た。
ソファに座った男は足の具合を確かめながら「参ったなぁ」と小さく呟いている。
近くで見るとますます男ぶりがいいのがわかった。
スーツの上からでもわかるほど胸板は厚く男らしいし、それに何だかすごくいい匂いがする。
甘く香るこの香 はなんだろう?
香水か何かだろうか?
決して惚れっぽい方ではないのだが、隼人はなぜか男から目を離す事ができずにいた。
「そういえば、自己紹介がまだでした、俺…じゃなかった私、村瀬清人 と申します」
村瀬は再びバツが悪そうな顔になるとガックリと項垂れた。
「すみません。まだ敬語に慣れてなくて…」
その姿が男ぶりのいい外見とギャップがあって、なんだか妙に可愛く思える。
隼人は苦笑すると自分の湯呑みに口をつけた。
「できればそっちの方が良いです、話しやすいので」
そう言うと、村瀬はぱぁと顔を輝かせ白い歯を見せてニッコリと笑う。
「旦那さんは幸せですね。奥さんのような優しい方がパートナーで」
「そんな事ないです。最近ずっとすれ違いばかりで…夫にはあんまり好かれてないみたいで」
ポツリと溢れてしまった不満に隼人自身ひどく焦ってしまった。
今まで充に対しての不平不満など一度も口にした事なかったからだ。
それなのにまだ出会って間もない「セールスマン」に夫への不満を呟いてしまうなんてどうかしてる。
「…すみません」
思わず謝ると、村瀬は柔らかな笑みを浮かべた。
「全然気にしないでください。というか、実は俺も…最近嫁に愛想尽かされちゃってて…どうやら他に男がいるらしいんですよね」
「え!そうなんですか?!」
あまりの衝撃に危うく湯呑みを落としそうになった。
こんな男前が夫というだけで幸せだと思うのだが、世の中やはりそう上手くいかないのだろうか。
「そうなんです。だからほら、似た者同士?なんで全然話しちゃってください。俺でよければなんでも聞きますので」
村瀬はそう言うと隼人の隣に席を移動してきた。
今までこんな風に誰かに話を聞いて貰うという事がなかった隼人は、村瀬の心遣いが嬉しくて胸を打たれてしまう。
同じ境遇にある村瀬になら話してもいいかなという気持ちになってしまい、ポツポツと不満をも漏らしはじめると、しまいには夫が浮気をしているのではないかという疑念を抱いているというところまで話してしまっていた。
村瀬は茶化すことなく隼人の気持ちを真剣に聞いてくれた。
それがまた嬉しくて、いつしか隼人の頭の中からは村瀬が「セールスマン」であることはすっかり抜け落ちてしまっていたのだった。
「ほら、奥さんもっと足を広げてください」
村瀬の両手が丸出しになった隼人の股間を晒そうと割り開いてくる。
一方隼人は今にも暴かれてしまいそうな下肢を唯一身につけているシャツで隠そうと必死になっていた。
「や、やっぱりこんなこと……ダメです」
「ダメ?それでいいんですか?旦那さんに愛されるための肉体改造、やってみたいって言ったの奥さんでしょう?」
「…そう、なんですけど…」
村瀬の言葉にはぐうの音も出ない。
しかしやはり夫ではない男にこんなことをされていいものだろうかと背徳感や理性がしきりに訴えかけてくるのだ。
「もっと魅力的になって旦那さんを見返したくないですか?」
村瀬の低い声が隼人の耳をそっと掠めていく。
それは今にも隼人を蕩かしてしまいそうなほど甘く蠱惑的だった。
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