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ドアチェーンを掛けたまま扉を開くと、その僅かな隙間からセールスマンが顔を覗かせた。
「こんにちは」
男は耳触りのいい落ちついた声で挨拶すると、微笑んだ。
三十代から四十代くらいだろうか。
青年というには落ち着いているし、壮年というには早い気がする。
年齢不詳な感じだ。
しかしそれよりも驚いたのは男の容姿だった。
完璧なバランスに位置づいたパーツはまるでお手本のようだ。
特に彫りの深い目元はとても印象的で惹きつけられた。
さりげなく整えられたアンニュイなヘアスタイルもスーツの着こなしも清潔感に溢れていて、彼の男ぶりをあげている。
今まで訪ねてきたセールスマンといったら、くたびれたスーツに身を包みねちっこい笑顔を貼り付けた中年のおじさんか、宗教を熱く語ってくる中年のおばさんくらいで、こんなスタイリッシュを絵に描いたような男前は訪ねてこなかった。
まるで雑誌の中から飛び出してきたような男は、とても「セールスマン」には見えない。
思わず見惚れてしまっていると、切れ長の瞳と視線が絡む。
彫の深い奥二重の向こうにある瞳がミステリアスな光を放った気がして、隼人はハッと我に返った。
「あ、すみません。あの、えっと…」
そうだ、ちゃんと断らなければいけない。
充に言われた通り追い返さなければ。
しかし、いざ断ろうとすると肝心のセリフが頭から飛んでいって中々出てこない。
焦って口をパクパクさせていると、突然男がクスクスと笑いだした。
笑った顔も男前だ…。
「あぁ、すみません。奥さんがあまりにも可愛いくて、つい」
「か、かわ…」
隼人の顔が瞬く間に赤くなっていく。
そんなセリフ、夫の充にだってほとんど言われた事がなかったからだ。
隼人は、中身もさながら外見である容姿にも自信がない。
充のように整った顔をしていないし身体だってひょろひょろで、まさに地味が服を着ているという感じだからだ。
隼人は赤い顔を隠すように俯くと唇を噛んだ。
なに赤くなってるんだ、こんなのお世辞に決まってるじゃないか。
心の中の冷静な自分が檄を飛ばす。
彼らはこうやって相手を上手く乗せて成績をあげるのが仕事であって、本心で言ってるわけじゃない、しっかりしろ。
自身に叱咤されて、隼人は顔を上げた。
「あ、あの…」
すると、男が再び笑顔を見せた。
花も綻びそうなほどの男の爽やかな破顔にまたドキッとしてしまい、咄嗟に言葉を詰まらせてしまった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私 、今度こちらの地域を担当させていただく事になった…」
男はそう言うと胸ポケットを漁りだした。
しかし探しているものが見つからないのかあれ?おかしいな?と言いながらあちこちを探り出す。
そうこうしているうちに肩から下げていた大きなケースがずるりと滑り落ち、あっ!と思った時にはコンクリートの床に、ケースがぶつかる音が響き渡っていた。
と同時に、男が低く呻きその場にうずくまる。
「え?だ、大丈夫ですか?!」
隼人は急いでドアチェーンを外すと扉を開けた。
恐る恐る覗き込むと、男は顔を顰 めながら口元だけで笑ってみせた。
「すみません、ちょっと足にこれがぶつかったみたいで…」
どうやらアタッシュケースが落ちた際、足の甲に直撃したらしい。
「え!痛そう…大丈夫ですか?」
「大丈夫です、ちょっとこうしてればじき治ると思いますので…つっ」
しかし男は返事をするものの余程痛かったのかなかなか立ち上がろうとしない。
「はは…すみません、突然訪ねてきてこんなかっこ悪いところお見せして…」
バツの悪い笑みを浮かべる男に、隼人は「いえ」と返す。
意外だった。
ドラマや物語の世界では、こういう見た目が完璧な人物は大概何から何までが完璧だと思っていたからだ。
容姿が完璧な人はミスをしない、失態をしない、と勝手に思いこんでいた。
実際、夫の充は容姿も申し分ない上に成績も優秀だ。
難しいと言われている消防士試験は見事一発合格だったし、隼人の前では殆どミスをした事がない。
こんな見た目が完璧な人でもミスをするんだ…
そう思うとなんだか少し親近感をおぼえた。
怪我をしている人はほっとけないし、もしかしたらちゃんと話せば無理矢理押し売りはしてこないかもしれない…
結局隼人は、きっぱりはっきり断るどころか自ら「セールスマン」を家に招き入れていたのだった。
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