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第32話 プライドと本心

   鍋焼きうどんを食べた後、俺たちはまた一緒に風呂に入って、その後すぐに布団にもぐり込んだ。  今日はまだ、寝るには早い時間だ。なので俺たちはベッドに横になったまま、民放のアクション映画を眺めている。ティルナータの背後で肘枕をして、金色の頭越しにテレビを眺めているけど、映画の内容にはまるで興味が湧いてこなかった。  あたたかなぬくもりが、間近にある。ティルナータの腰のあたりに置いていた手をもぞりと動かすと、ティルナータはぴくっと身体を揺すって俺の方を見上げてきた。  物言いたげな緋色の瞳が、じっと俺を見上げている。いつもこうしてティルナータと眠っているけれど、ここ数日はまったくいやらしいことはしていない。お互いに考えることがありすぎて、どうしてもそういう空気にならなかったからだ。  俺は無言のまま、そっとティルナータの唇にキスをした。ティルナータはすぐにキスに呼応して、口を薄く開いてくれた。しばらくゆったりと唇を触れ合わせ、重ね合わせて、互いの弾力を確かめ合うようにキスを交わしていたのだが、そんなもので満足できるわけがない。俺はそっとティルナータの口内に舌を挿しこみ、あたたかな粘膜を舌で愛撫した。 「……ん……っ……」  ティルナータは甘いため息を漏らしつつ、するりと俺の首に腕を絡めてきた。俺はそのままティルナータの上に覆いかぶさると、キスをしながらTシャツの中に手を忍ばせて、なめらかな肌を柔らかく撫でる。 「ぁ……ん……」 「ティル……好きだよ……」 「ん……ぁっ……僕も、ユウマのことが好き……っ……ァ、っ」 「かわいい……きれいだよ、ティル……」  キスの深度が増していく。俺は夢中でティルナータと舌を絡めながら、腕の中で悶えるしなやかな肉体を強く強く抱きしめた。ティルナータは自らゆるゆると脚を開いて、俺の身体を迎え入れようとしてくれている。下半身を密着させてみれば、そこには確かな屹立の感触があった。俺はペニス同士を擦り合わせるようにして腰を揺らし、ティルナータの高ぶりを緩やかに煽る。 「ぁ、あっ……ユウマ……」 「あったかい、ティル……服、脱がせていいか」 「いいよ……肌を重ねたい……もっと、もっと……」  俺がするりと上を脱ぐと、ティルナータ俺が貸していたブカブカのシャツを脱ぎ捨てた。性的な興奮に頬を染め、ベッドの上に横たわるティルナータの裸体は、やはりいつ見ても生唾が出るほどに美しい。  居ても立っても居られなくて、俺はすぐさまぷっくりと尖った小さな薄桃色の尖りに舌を這わせた。するとティルナータはびくびくっと可愛く身体を反応させて、「ぁ、あんっ……ん、」と色っぽい喘ぎを漏らしはじめた。  その時、ティルナータの体を弄ぶ俺の目の前で、しゃらんと金色の鎖が揺れた。菱形のペンダントヘッドに、ティルナータの瞳の色を移したかのような真っ赤な石が嵌った、首飾りだ。  どくん、と心臓が跳ねた。  これは、エルフォリアの戦士たちに与えられる、覚悟の証。  もし万が一敵に囚われ、エルフォリア王国に対して不利益が生じるような状況に陥った場合、このペンダントを使って自害する――この美しい宝玉は、そういう契約の込められた魔法の石だ。  俺は任を果たし、これを使って死を遂げた。  ティルナータもまた、この首飾りを肌身離さず身に着けている。この平和な国に舞い落ちてからもずっと、あの国の戦士としての覚悟を抱き続けているのだろう。  俺がぴたりと愛撫をやめたことで、ティルナータは顔を上げ、怪訝な表情で俺を見つめた。なんとなく、ざわざわとした落ち着かない気持ちになってしまった俺は、ゆっくりとティルナータから身体を離し、下唇を噛んで俯いた。 「ユウマ……? 僕を、抱いてくれないのか……?」 「俺だって、抱きたいよ。でも……そうなったら、もっともっと別れが……つらくなる」 「……」 「ごめん」 「……いや。その通りかもしれない……」  ティルナータはそう言ってくれたけれど、目に見えて傷ついたような表情をしている。俺は自分のヘタレっぷりに心底辟易した。  過去を思い出したくらいで、やめてしまうなんて。ティルナータと過ごす夜は、今日を含めて明日しかないっていうのに……でも、どうしても、その先に踏み込めない。ティルナータの清らかな肉体を、穢してしまうことも恐ろしい。  命をかけて守り通した、王族の血を持つ少年。その気高い肉体を、俺が汚していいのだろうか……と、思ってしまう。  ティルナータにシャツをかぶらせ、自分ものろのろと服を着た。気まずい沈黙が、俺たちの間に横たわっている。 「……そういえば、僕の鎧は……どこにあるんだ?」 「鎧……」 「そう。戻るときは、あれを着ておかなければ。ユウマが与えてくれた衣服はとても着心地がいいが、僕は戦地に戻るんだ。鎧がいる」 「あ、ああ……もちろん、あるよ。クロゼットにしまってあるから」  きれいに磨いて、クロゼットにしまい込んでいた甲冑と、鎧、その下に着ていた黒い服。まさかこんなにも早く、ティルナータがこれをもう一度身につける日が来るんて……。俺はベッドから出て白銀の甲冑を手に取り、しばらくその場に佇んでいた。 「ユウマ?」 「あ、ここにあるよ」 「……貸してくれ」  ティルナータは俺の手から鎧を受け取ると、昔の相棒を懐かしむような表情を浮かべて、その表面を撫でた。ティルナータの手に渡ると、鎧が急に鮮やかなきらめきを蘇らせたように見えて、はっとする。  その鎧を手にすることで、ティルナータの心はまた一歩、エルフォリアへ近づいたような……そんな感じがした。それはつまり、俺とティルナータとの距離が、少しずつ開き始めているってこと……なのかもしれない。 「……これを着て、また戦うのかな」 「当然、戦うさ。そのために僕は、エルフォリアに戻るんだ」 「……そうだな。でも、ティルは王様になるんだろ? 前線に立って戦うってことは……」 「僕は戦う。父と名乗れず僕を見守ってくださっていた王のためにも、僕のために命を落としたセッティリオ様のためにも、そして……国のためにも、民のためにも……僕は、この手で剣を取って戦うんだ。これを着て、一人でも多くの敵を薙ぎ払うんだ……」  ティルナータの語気が徐々に徐々に昂っていく。  でも、ティルナータの口調はどこまでも決然としているが、必死で自分にそう言い聞かせているような危うさがあった。ぎゅっと鎧を掴む手は白く震え、赤い瞳はどこか遠くを睨みつけているかのようでいて……どことなく虚ろだ。  俺はたまらずティルナータを抱き寄せた。するとティルナータは俺の手を振り払うように立ち上がり、ぎゅっと鎧を握りしめたまま窓の方へと歩み寄る。  ティルナータのか細い背中からは、心細さや不安、焦燥といったものが溢れ出しているように見えた。そんな背中に、一体なんと声をかけたらいいのか……まるで俺には分からなかった。  ティルナータには、騎士としてのプライドがある。プライドという鎧を心に着込み、不安で涙を流す本当の自分を押し殺しているように見えて、突き刺されるように胸が痛んだ。  俺は思わず立ち上がり、ティルナータを背中から抱きしめる。 「……勝てる。お前なら勝てるよ。絶対に……」 「……絶対、だと? なぜそう言い切れるんだ。戦も知らない、平和なこの国で生まれ育ったユウマに、いったい何が分かると」 「……それは……。でも、でも……!! 俺には分かる。ティルは立派な王になって、それで……!」 「……黙れ!!!」  ビシッと背筋が伸びるような怒声が飛ぶ。  ティルナータはぶるぶると身体を震わせながら鋭い動きで俺を振り返り、燃えるような目つきでキッと俺を見上げてきた。 「気休めにもならないことを言わないでくれ!! 勝てるだと!? 僕が立派な王になる、だと!? エルフォリアの置かれている戦況は、そんなふうに楽観視できるものではないんだ!! 何も知らないくせに、くだらないことを口にするな!!」 「ごっ……ごめん……」 「……あっ……」  大声を出したことで我に返ったのか、ティルナータははっとしたように目を瞬いた。そして苦い表情で唇を噛み締めながら、目を伏せる。 「……すまない」 「……ううん、ごめんな。そうだよな、俺が何を言っても……」 「すまない。……だめだ、僕は。残された時間が……いや、国へ戻る刻限が近づけば近づくほど……僕は自分を抑えることが……」 「ううん、無理もねーよな」 「ユウマ……」  ぎゅ、とティルナータが俺の胸にしがみついてくる。カラン……と微かな音を立てて鎧が床に転がるさまを、俺はティルナータを抱きかえしながらじっと見下ろしていた。 「……明日なんだけどさ……。昼まで、一人で集中して作業がしたい。そのあと、俺が直している絵を、ティルに見に来て欲しいんだけど」 「……絵を?」 「どうしても、見てから帰って欲しいんだ。……いいかな」 「……うん、分かった……。なぁ、ユウマ」 「ん?」  ティルナータは俺の胸元に頬ずりをして、長いまつ毛を伏せた。 「今夜は、ずっとこうしていて欲しい。僕を抱きしめて、眠って……」 「うん、もちろん。絶対、離さない」 「……ユウマ」  ティルナータの涙声が、俺の胸に小さく響いた。

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