『ラブ、大盛つゆだくで』 累計リアクション3000 over 感謝SS.。*゚+.*.。

大変遅くなりましたが、本編が完結するまで一旦保留にしてたSSです。

 

時系列で言うと

P46『ラブ、おかわり#16』とP47『ラブは続くよ、どこまでも』の間に入る内容となっております。

当然ながら超絶ネタバレとなりますので、本編読後にお楽しみいただけたら幸いです。

 

過去のSSでは鳴海サイドの人が登場したので、

今度は牧の職場の愉快な仲間たちに焦点を当ててみました。

少しでも楽しんでいただけたら、嬉しいです♡

 

 

 

【お礼置き場】

https://fujossy.jp/notes/23365

 

 

 

 

 

 

 

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「16番……。ここで、いいのかな」

 

廊下で一人、鳴海は『16』とルーム番号が書かれた表札を見上げる。
カラオケ店に来てやることと言えば相場が決まっているが、今日は歌いに来たわけでも、他人の歌を盛り上げに来たわけでもなく――…。


「あっ、王子様来た〜!」

 

「早かったねー!」

 

「え? マッキーの彼氏さん?」

 

「本当だ、超イケメン!」

 

ノックをして扉から顔を覗かせれば、途端に黄色い声に包まれる。「失礼します」という控えめな鳴海の声は、一瞬にして『invisible garden』の女性スタッフたちの歓声にかき消されてしまった。

鳴海のことを『王子様』と呼ぶ行為が、牧の職場ですっかり浸透してしまっているようだ。

誰かが歌っていたのか、10年くらい前にヒットした懐かしい曲がインストで流れているが、マイクを握っている者はせっかくのサビなのに歌詞が出ている画面などまったく目もくれずに、ただ一緒になってキャーキャーと騒いでいるだけだった。

 

「えっ…と……?」

 

熱烈な歓迎に、鳴海が戸惑っていると。


「あれぇ〜? 鳴海にそっくりな奴がいるぅ〜!」


ソファからフラリと立ち上がった牧の腕が、鳴海の首にするりと巻きついてくる。

その吐息からは、微かにアルコールの臭いが漂う。

 

「すげー。抱き心地まで同じだぁー」


「あー、牧。その鳴海くん、本物だから」

 

牧が座っていた席の隣から、土田がすかさずツッコミを入れる。


「……あの、これは一体どういうことですか。土田さん」

 

抱きついたきりそのまま寝入ってしまった牧の体を片腕で支えながら、鳴海は土田に現在の状況を問う。

牧の勤めるアパレルショップ『invisible garden』暁ヶ丘店は、スタッフの親睦を深めるため年に2回ほどカラオケ大会を開催しているらしく。今日もこの暁ヶ丘駅前のカラオケ店に、スタッフ10名弱が集まっていたわけなのだが。

元々お酒が苦くて飲めない&アルコールに弱い牧はジュースしか飲まないはずなのに、どこからどう見ても牧は完全に酔っ払っており。

牧と長年のつき合いである土田はもちろんのこと、昨年の忘年会でも酔って散々な姿になっていたというから、他のスタッフも当然それを知っているものだと思っていたのだが…。


「ごめん!」

 

土田がパンと大きな音を鳴らし、両手を顔の前で合わせて平謝りをする。


「俺が頼んだハイボールを、牧は自分の注文したジンジャーエールと間違えて飲んじゃったみたいなんだ。しかも歌い終わった直後で喉が渇いてたのか、中身も確認せずに結構一気にグビグビいったから、本人が気づいた頃にはもう手遅れで……」


言われて、鳴海はテーブルの上のグラスに視線を落とす。

確かに隣り合うグラスの飲み物は色が似ているが、ひとつは既に半分以上減っている。

 

「…………」

 

鳴海が無言で飲みかけのグラスをじっと凝視していると。


「あっ、俺はまだ飲んでないから、間接キスとかじゃないからね! だから安心して、鳴海くん…!」

 

鳴海の思考を読んだのか、慌てた様子で土田が取り繕う。
「なら良かったです」と鳴海がにっこり笑顔になるのを見て、土田はほっと胸を撫で下ろした。

同時に、そもそも牧の自滅が原因なのに何でこっちが必死でフォローしないといけないんだろう、と溜め息をついた。

 

「おぉー! 君が噂の、美容師のナルミちゃんか!」

 

初めまして、と店長だと名乗る男が鳴海に手を差し伸べる。

40代半ばだという中年男性の胡散臭い笑顔を、鳴海は数回瞬きをしながら見つめた後。

 

「どうも。いつも、牧さんがお世話になっています。……それと、紹介できる美容師の知り合いが周りにいなくて、すみません」

 

牧を支えていない方の右手で握手をしながら、挨拶を返す。

「美容師の女の子を紹介して」と懇願する前に先手を取られてしまったのと、そんな下心を見透かされたのとで、店長は「ははは…」と恥ずかしそうに頭をがしがしと掻いた。

 

「よく牧さんから、店長さんに体をベタベタと触られたり、距離が近いという話を聞いています。たとえ相手が男性であっても、セクハラになりますので気をつけてくださいね」

 

「あ……、ハイ……。ゴメンナサイ」

 

口調と表情は穏やかなのに、握力測定でもしてるんじゃないかってくらい強く手を握られ。そのとき店長は「あ、これは絶対に怒らせてはいけない類の人だ」と肝に銘じたという。

 

「もう。なに王子様の邪魔してるんですか、店長」

 

「店長が出てくるとややこしくなるんで、あっちで歌でも歌っててくださいよ〜」

 

女性スタッフたちに連行されるように、部屋の奥へ店長がズルズルと引きづられていく。

そういうわけで、一時はしょんぼりとしおらしい姿を見せた店長だったが。最新のアイドルソングのイントロが流れ始めた瞬間、マイク片手に振付つきでノリノリで歌い始め。早くも、反省の色すら見えなくなるくらいの元気を取り戻していた。

いつも夜遅くまで盛り上がるというカラオケ大会は、この後もまだまだ続くようだ。

鳴海は牧の体をぐいと引き寄せると、「では、先に牧さん連れて帰りますね」と、歌の邪魔のならないよう控えめな声で土田に挨拶をする。

 

「毎度毎度、牧が酔い潰れる度に呼び出して悪いね」

 

「いえ。最初から帰りは迎えに来るつもりでいたので、それは構わないんですけど」


むしろご迷惑をおかけしてすみません、と丁寧にお辞儀をした。

顔を上げると、いつの間にか女性たちが鳴海に向かってニンマリと意味深な笑みを浮かべていて。

 

「あ、あの…。俺の顔に、何か……?」

 

「あー、ごめんね。私たち、さっきまで酔っ払ったマッキーにノロケばっかり聞かされてたからさ」


「惚気…?」


「そうそう。俺の彼氏は世界で一番格好いいんだーとか」

 

「俺はいつもすっごく愛されてるんだーとかも言ってたよね」

 

「あとさ。『鳴海、好きだー! 愛してるー!』ってマイクで叫んでたりもしてたし。動画撮ったから明日シラフのマッキーに見せて、からかってやろっと」

 

「っていうか。今の彼氏さんのセリフも、もう完全に嫁を迎えに来た亭主のソレだよね」

 

「あー! わかるわかる!」

 

「わかりみ〜」

 

女性スタッフたちは店長の歌そっちのけで、牧と鳴海の話題で盛り上がる。

「本当に、聞いてた通りの格好いい彼氏だったねー」「自慢したくなるのもわかるー」と口々に彼女らが言うのを横目に、鳴海は牧の寝顔をそっと覗く。

 

――牧さんが、俺のことをそんな風に…?

 

酔っ払いの絡みとはいえ、周りに自分のことを好きだと公言してくれたことが、素直に嬉しい。

ていうか、マイクで愛の告白を叫んでいたというその動画が、とてつもなく気になる。むしろデータごと欲しい。


「格好いいかは、ともかく。俺が牧さんを物凄く愛しているのは、事実です」

 

牧を抱きしめたまま、鳴海が微笑みながらそう言うと。


「キャー! ごちそうさまー!」


「お腹いっぱい!」

 

きゃあきゃあと甲高い声が響き渡り、更にそのカラオケの個室は賑やかになった。

 

 

一人、大きなモニターの前で踊りながら歌っていた店長が、マイクを通してぽつりと言う。

 

『あの…。もしかして君たち。誰も俺の歌、聴いてない……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牧のアパートに着くと。

以前と同じように愛しい恋人をベッドに運び、そっと寝かせた。

牧はまだ気持ち良さそうに眠っている。今日は仕事の後にカラオケへ参加したというから、疲れていたのだろう。

鳴海はベッドの上に腰を下ろし、その寝顔を静かに眺める。

 

「牧さん……」

 

前髪を梳くように、指で優しく撫でる。

まだ意識はないのに、気持ち良いのか「ふにゃ」とその表情が緩んで、思わず鳴海は胸がきゅんとなる。

 

――可愛い。

 

すー、はー。

ひとつ、大きな深呼吸をする。

こんな無防備な姿を自分だけが独り占めしているという実感が、雪崩のように押し寄せてくる。

牧の頬はまだ紅潮していて、ほんのり熱を残しているようだ。何度も見ているはずの寝顔なのに、アルコールが入っている影響か、いつもより妙に色っぽく感じた。

何年も会えなかった時期を思うと、こうして傍で寝顔を拝むことができるだけでも感動ものである。

そんな小さな幸せを噛みしめていたら、不意に先程のカラオケ店での記憶がポンと浮かび上がる。

牧が惚気を言っていたと知って、つい嬉しくなって自分も愛してるなどと公衆の面前で宣言してしまったが、何て大胆なことをしてしまったのだろうと、今更ながら驚きと恥じらいの混じったごちゃごちゃした感情に襲われる。

あれではまるで、牧は自分のものだと牽制しているようなものだ。

手放しで祝福してくれる彼女たちの様子を見れば、横恋慕など無粋な真似をする人がいないことは一目瞭然なのに。

 

「ていうか俺、店長さんにもかなり失礼なことを言ってしまったような気がする……」

 

くだらない嫉妬心が剥き出しになっていたのは明らかで、今になって額に冷や汗が流れる。

初対面でやらかしてしまった所業の数々を改めて思い出し、両手で顔を覆って、遅れてやってきた羞恥心と必死に闘う。

 

「はぁ…。牧さんの職場の人たち、皆いい人だったな……」

 

バカップルとしか言いようのない自分たちに対して寛容な人たちの優しさが、身に染みる。

あまりにも公認されすぎて麻痺してしまっているが、よく考えたら男同士の恋愛がここまで受け入れられているのも珍しい。

鳴海の職場でも同じような反応だったのも含めて、お互い良い同僚と良い上司に恵まれたことに改めて感謝する。

 

「……カラオケ。牧さん、何の歌を歌ったのかな」

 

そういえば、つき合ってもう半年経つが二人でカラオケに行った記憶は未だにない。

鳴海自身に至ってはカラオケ店に足を運んだこと自体が数年ぶりだった。

 

「今度、二人で行こうって誘ってみようかな」

 

機嫌がいい時に鼻歌を耳にしたことはあったけど、本格的に歌う姿は見たことがないのでちょっと楽しみでもある。それなりの月日を一緒に過ごしてきたつもりだったが、まだまだ二人で経験することは山ほどありそうだ。

もう少し気温が高くなったら、海やプールにも行けるようになるかな。

いや、牧の水着姿を他の人間に見せたくないから、やっぱり貸切の温泉がある宿がいいか。湯上がりの浴衣姿の牧を想像しただけで厭らしい妄想が捗ってしまい、思わず鳴海は頭を左右にブンブン振る。

そうだ。初めての場所でなくても、また『ワンダー・キングダム』に足を運んでみるというのもアリかもしれない。以前訪れたときは寒い季節だったから、夏に行けば景色も変わって新鮮だし、ひと味違った楽しみ方もあるに違いない。

何より、『ワンダー・キングダム』は牧の大好きなデートスポットだ。牧の喜ぶ顔が頭に浮かんで、鳴海の口元は自然と緩んだ。

 

「あっ。そういえば」

 

昨年の11月にショーコに見せてもらった『invisible garden』暁ヶ丘店のSNSには、カラオケ大会の様子が公開されていたはずだ。

もしかしたら今年も何か情報があるのでは、と鳴海はスマホを取り出した。

 

「えーと…。あ、あった。……へぇ、今年はアニソン縛りだったんだ。確か、去年は冬ソングが課題曲だったっけ」

 

どうやら、そのカラオケ大会は持ち歌一曲ずつを機械で採点する形式で進行し、終わったら自由に飲めや歌えやの場に変わるらしい。

 

「優勝は……店長さん…。店長さん、二連覇だ。すごいな」

 

確かにさっき帰り際に聴こえた歌も上手だったなぁと、くすりと笑みを零す。

 

「今年も集合写真と、スタッフの一言があるのか」

 

集合写真と言っても、遠足や修学旅行の記念写真のようにキレイに整列しているわけではなく、コの字型のソファ席に座るメンバー全員をスマホのカメラで撮影しただけのものだ。

10名ほどの人数がいるなかで、真っ先に大好きな彼を見つけてしまう。このとき手に持っているグラスの中身は、紛れもなくジンジャーエールだったのだろう。ミラーボールの照明の中で、まだアルコールに染まっていない色白の肌が、牧の凛とした美しさを際立たせていた。

メンバーは前年と同じように各々がカメラ目線でポーズを取っており、見ているだけで「イエーイ!」と楽しそうな声が聞こえてきそうだ。

 

「スタッフの一言、牧さんは何を書いたんだろう?」

 

確か前回は『恋人募集中』と記載されていて、見事に鳴海がそれに飛びついたわけだが。

今回は自分という存在がいる以上、そんなことを宣伝されているはずはないと思いつつも(されたら困るし泣く)、内心ドキドキしながら牧の書いたコメントを探す。

やがて。

画面をスクロールしていた鳴海の親指が止まる。

そこに書かれていたのは――…。

 

 

 

『彼氏ができました。その人と死ぬまで一緒にいるつもりなので、恋人募集の予定はもうありません。Maki』

 

 

 

鳴海は瞬きするのも忘れて、文字をひとつずつ丁寧に目で追う。

――死ぬまで。

文字通り、一生一緒にいたいということでいいんだろうか。

何度、どの角度から見ても自分に都合の良いことにしか読み取れないものだから、ついに国語すら理解できなくなってしまったのでは、と一瞬脳を疑ってしまう。

ていうかこれ、全世界の人が見れるページじゃ…?

これを書いている牧の横で、「ワールドワイド規模でノロケんな」と土田がツッコミを入れる図が容易に想像できる。

 

「牧さん……」

 

鳴海の目は既にスマホから離れ、その視線の先には静かに寝息を立てる牧の顔がある。

深い眠りについているのか、相変わらず名前を呼んでも反応はない。

 

「俺も、牧さんとずっと一緒に――…」

 

そこまで言いかけて、出かけた言葉を引っ込める。

――ダメだ。大事なことを相手が寝ているときに言うのは、狡い。

牧のようにマイクで愛を叫びたい衝動を、ぐっと堪える。

牧も同じ気持ちでいてくれているのであれば、近々、同棲の話を持ちかけてみようと心に決める。

一応プロポーズのつもりでいるので、やっぱりロマンチックな場所と雰囲気の中で告白したい。

ふと、初めてのデートのときに牧から教えてもらった噂話が脳裏をよぎる。

『ワンダー・キングダム』のアトラクション『ドラゴン&ナイト』の登場人物である騎士と姫にちなんで、あの地でプロポーズをするカップルが多いというものだ。

アトラクション建造物の正面に位置する、騎士と姫の二人が描かれたタペストリーの前で求婚するというシチュエーションが最も有名なようだが。いくら夢と魔法の国とはいえ男同士で人前でそんな目立つ真似はしたくないし、第一そんな騒がしい場所ではムードもへったくれもあったもんじゃない。

そうだ、あの『ワンダー・キングダム城』の外れにある物見の塔ならどうだろう。あそこならまず間違いなく二人きりになれるだろうし、最上階はパークを一望できる数少ない場所だ。夜に行けば、きっと綺麗な夜景が待っているはずだ。

それにあの場所は、鳴海と牧が初めてキスをした思い出の場所でもある。思い出しただけでも、胸の鼓動がトクンと跳ね上がった。

 

 

 

鳴海は、枕の横に無造作に投げ出されている牧の手のひらに、そっと自分の手を重ね。

 

「今度。大事な話があるんだ。いつも、牧さんに先に言われてばかりだったけど。たまには俺からも、言わせてね」

 

甘くて、優しい声で、そう囁くと。

それに応えるかのように。

まだ夢の中にいる牧が、手を握り返してくれたような気がした――…。

 

 

 

 

 

『ラブ、大盛つゆだくで』(完結済)

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