『ラブ、大盛つゆだくで』 累計リアクション4000 over 感謝短編.。*゚+.*.。【1】

大変お待たせしてしまいましたが、ようやく総リアクション4000お礼の一話目を公開することができました。

今回のアフターストーリーはSSではなく、ちょっと長めの短編となっております。

短編なのに長い、とは一体……??(日本語がログアウトしました)

 

自身のアトリエブログでは初の連載形式となるので、読みづらいなどあるかもしれませんが。

チャレンジ精神を言い訳に、どんどん突き進みたいと思っております。

 

今回のお話は時系列で言うと、

本編P46『ラブ、おかわり#16』(最終回)から数日後、といった内容となっておりますので

当然ながら、スーパーめちゃくちゃネタバレしかありません。

既読の方向けのコンテンツになりますので、本編読了後にお楽しみいただけたら幸いです。

 

全3話を予定しており、不定期ではありますが続きも更新させていただく予定でおりますので、もしよろしければ最後までお付き合いいただけたらとっても嬉しいです。

 

最後になりましたが、たくさんのリアクションを送っていただき、どうもありがとうございました♡

 

『ラブ、大盛つゆだくで』(完結済)

https://fujossy.jp/books/17547

 

【お礼置き場】

https://fujossy.jp/notes/23365

 

 

それでは、どうぞ ↓

 

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( ※ 本編ネタバレ注意!! )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    『あの素晴らしいラブをもう一度  #1』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし? 牧さん?」

 

『あっ、鳴海。お疲れー。もう仕事、終わったのか?』

 

「いや、それがまだ……。日中ちょっと忙しかったから、雑務がまだ残ってて。帰りが何時になるかわからないから、一緒に牛丼を食べに行く約束、今夜はキャンセルさせてもらってもいいかな…」

 

『そっか。んー。まぁ、仕事じゃ、しょうがないよなー』

 

「本当にごめんね。牧さん、楽しみにしてたのに」

 

『気にしないでいいって。牛丼なら別に、いつでも食えるわけだしさ。――今日は、付きっきりで新人の指導してたんだろ? 大変だったな』

 

「うん。今まで職場に後輩っていなかったから、どう教えたらいいのかちょっと戸惑ってはいるけど。でも素直で良い子だし、若いだけあって飲み込みも早いから、そこまで苦労はしてないかな」

 

『…………なぁ、その新しく入ってきた美容師って、女?』

 

「え? 男だよ?」

 

『へー。そうなんだ。男、ね…。……今もそいつ、そこにいるの?』

 

「いや。初日だし、さすがに定時で帰ってもらったよ。慣れない環境で頑張ったから、今日は疲れただろうしね。あ、いつもの先輩たちもさっきまで居たんだけど、二人とも明日早番だから先に……」

 

『――じゃあ、今。美容室にいるのは、鳴海だけなのか?』

 

「うん。店には俺一人だよ」

 

『…………』

 

「?? 牧…さん……?」

 

『……俺。今からシャワー浴びてくるから。もう電話切るわ』

 

「えっ。あ…、うん。俺も、そろそろ仕事片付けないとだから」

 

『あんま無理すんなよ、鳴海。……んじゃ、またな』

 

「…………またね。牧さん」

 

 

 

 

 

スマホを目の前にある木製カウンターの上に置くと、コトンと乾いた音がひとつ、小さく鳴った。
鳴海の耳に届く物音はそれきり無くなって、辺りは再びしんと静まり返る。
いつもはゆったりとしたジャズを流してくれる饒舌なスピーカーも、店が営業時間外になると、すっかり無口になってしまっていた。
ふと鳴海はゆっくりと顔を上げ、自身の職場でもある美容室『meteorite』の店内へと視線を巡らせた。
間接照明はつけたままにしているとはいえ、フロア天井のライトのスイッチをオフにしているからか、今居る受付カウンター以外のエリアは、ほんのりと薄暗い。
街灯の光が差し込んでくればもう少し明るいのかもしれないが、通りに面している大きな窓はロールスクリーンがしっかりと下ろされており、なかなか閉鎖的な空間に仕上がっている。昼間は小洒落たカフェのように開放的な雰囲気だったこの美容室も、夜、閉店後にもなるとまったく別の姿へと変貌しているようだった。
セット面6、シャンプー台2と、それほど大きな店舗ではないが。残っているのは鳴海一人という状況も手伝ってか、いつも以上にがらんとしているように感じた。
何度も見慣れた風景のはずなのに、今夜は妙に寂しく感じるのは。やはり。

 

「あー…。牧さんに、会いたいなぁ……」

 

ぽつりと、本音が零れ落ちる。
牧に、自分の過去や秘めていた想いを全てをさらけ出したのは、つい先日のことだ。
真の意味で両想いになったばかりというのに、ここ数日お互いのスケジュールが合わず、なかなか顔を合わせることができずにいた。
会いたい。会いたくて、堪らない。
二人とも社会人だから、どうしても仕事優先になってしまうのは仕方ないと頭では理解しているけれど、どうにも心の根っこの部分は納得してくれなくて。

 

「もう少しだけ、話がしたかったな……」

 

何やら慌ただしい様子で通話を終えられてしまったので、ゆっくり恋人らしい会話をすることすらもできなかった。
会えないのなら、せめて声だけでもたくさん聞きたかった。そんな欲望が、体の奥底からじわりと滲み出ると同時に。
はらりと前髪が一束、視界を遮るように顔にかかった。
咄嗟にそれを耳にかけて。それまで忘れていた、とある事実を鳴海は思い出す。

 

「うーん。やっぱり久々だからか、ちょっと落ち着かないな……」

 

そのまま手櫛をするように後頭部へ手を滑らせながら、小さく苦笑する。
わざわざ鏡を見なくても、手触りが全然違うからすぐにわかる。そこにあるのは、いつもの天然パーマのくせ毛ではなく――ヘアアイロンの熱でまっすぐに伸ばされた、即席ストレートヘアだった。
それは、今日入ってきたばかりの後輩美容師の技術レベルの確認も兼ねて行った施術の名残であり。鳴海が客役、つまり練習台となってカットやシャンプー、ブロー、そして仕上げのフルコースを受けた結果が、このサラサラ髪というわけだ。
昔、くせ毛に悩んで縮毛矯正をしていた経験があるので、懐かしさを感じないと言ったら嘘になるけど。一応コンプレックスを克服したつもりでいる手前、今更地毛以外の髪型をするのはなんだか少し気恥ずかしい。
そう考えると、どんな顔をして牧に会えばいいのかわからなくなってきて…。
一緒に牛丼屋に行けなかったことは残念ではあるけれど。案外、これはこれで良かったのかもしれないな、と徐々に気持ちを切り替えられるようになってきた。

 

「……まぁ、どうせシャンプーしたら元に戻るし、明日になれば関係ないことか」

 

どちらにせよ、今日はもう牧に会うことができないのは確定なんだ。ここで悩んだところで無駄というものだ。
今は、目の前の仕事をさっさと片付けてしまおう。
鳴海は椅子に座り、手前にキーボードの置かれたタブレットの前に向かうと、真剣な眼差しで作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。やっと…、終わった……」

 

今日の日付が書かれたファイルを保存して。最後にひとつ、大きな伸びをする。
通常業務である売上日報の入力に加え、月末は帳簿やら何やらの事務仕事が多くなる。更に今回はネット予約サイト『ginger cutie』で春の限定クーポンを配信するメッセージの設定や、口コミを書いてくれたお客様への返信も重なったため、結構な時間がかかってしまった。
本当は予約時間の合間に少しずつ片付けていく予定だったのだが、急遽後輩の研修に付き合うとこになり、なかなか自分の仕事に時間を割くことができなかったから仕方ない。
鳴海は一度、業務用のタブレットの電源をオフにしようとして。
「最後に、ちょっとだけ…」と、そっとブラウザを立ち上げる。
ブックマークされた『ginger cutie』店舗ページのヘアスタイル一覧を開けば、すぐに目当ての画像は見つかって。

 

「……牧さん」

 

画面越しに、恋人の名を呼ぶ。
そこには以前、牧が客としてこの美容室へ訪れたときに撮らせてもらった写真が一枚掲載されており。
担当したのはもちろん鳴海で、その時アプリコット・オレンジのカラーに染めた髪を牧に気に入ってもらえて嬉しかったことはまだ記憶に新しい。

 

――牧さん、もう晩ごはんは食べたかな。

 

壁に掛けられた時計に目をやると、針は既に夜遅い時間を示していて。
電話の後シャワーを浴びると言っていたし、今日は外へ食べに行かずに家で簡単に済ませたのかもしれない。おそらく今頃は、もう布団の中に入っているところだろう。

 

「……あれ? そういえば。どうして牧さんは、今日うちに新人が入ったことを知っていたんだろう?」

 

ふと、素朴な疑問が浮かぶ。
ついこの間まで牧に避けられて数日会えなかった日が続いていたし、誤解が解けた後も暇さえあればイチャイチャしていたものだから、最近仕事の話をした記憶がないのだが…。

鳴海が不思議そうに頭を傾げていると。

 

 

コン、コン。

 


突然、ノック音がして。反射的に、入口にあるドアの方向へと振り返る。
お客さん、だろうか。……いや、いくらなんでもこんな時間に来店なんて、あり得ない。もしかしたら、風で何か物が扉にぶつかっただけかもしれない。
不意打ちの出来事にしばらく戸惑っていると。再び外からドアを叩く物音が、立て続けに鳴る。規則的なリズムで、今度は先程よりも大きな音だった。
……やはり人、か。
鳴海は立ち上がると、まっすぐ入口へと向かった。

 

「すみません。今はもう、営業時間外で――」

 

「こんばんはー。『オーダー・イーツ』でーす」

 

ドア越しに話しかけると、訪問者もそこで初めて声を発する。壁を隔てているためはっきりと聴き取れたわけじゃないが、男の声のようだ。
『Order Eats』は、オンラインで注文した飲食店の宅配メニューを指定した場所まで届けてくれる有名な配達サービスだ。しかし、鳴海はそんなものを頼んだ覚えはない。

 

「あの、どこか別のところとお間違えじゃ…」

 

「いや、住所はここで合ってますよ。『meteorite』の、鳴海さんですよね?」

 

「えっ…。どうして、俺の名前……」

 

ん??

 

っていうか、この声。もしかして――…?

 

いや。まさか。そんなはずは…。
聞き覚えのある声に吸い寄せられるように、恐る恐るドアの取っ手に手をかけると。

 

「ったく。開けるの遅えよ、鳴海。……早く中に入れてよ」

 

「牧…、さん……?」

 

扉の向こうには、牧が立っていた。
長年片想いしていた相手でもあり。今は鳴海の大事な恋人でもある人だ。

しかし、思わず鳴海が疑問形で名前を呼んでしまったのには、理由がある。
もちろん、ずっと会いたかった人物が突然目の前に現れたことに驚愕したのもあるが。それよりももっと衝撃的な光景を目にしたからだ。
牧は手提げのビニール袋を持ち上げて見せて、「牛丼弁当、お待たせしましたー」なんて言って未だに『Order Eats』ごっこを続けている。
そうやって楽しそうに笑う牧の姿を視界の中に繋ぎ止めながら、鳴海は信じられないといった表情で、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 

 


牧は、白いTシャツに、黒のスキニー。それから、ロング丈のベージュのニットカーディガンを羽織っていて。


普段コンタクトレンズの彼は、まだ花粉が飛び交う季節ということもあり、今日も黒いフレームの眼鏡をかけている。

 

そして。

 

 

「牧さん…。その髪――…」

 

どうしたの、という言葉が。
喉の奥から掠れて出る。

 

 

 

オレンジ色の髪がトレードマークだった彼の頭は。


すべて、真っ黒に染まっていた。

 

 

 

 


以前、たった一度だけ目にしたことがあるコーディネート。


黒髪に、黒縁の眼鏡。


そして。ふらっと美容室にやってくる、牧。


おまけに、鳴海の髪もいつものようなウェーブではなく、ストレートヘアとまで来ていて。

 

 

 

 


これでは、まるで――…。

 

 

 

6年前。


二人が初めて出会ったときの、再現みたいだ……。

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)