羽生橋はせおさんの作品よりクロスオーバー

漫画にはファンアートが作成出来ないのでしょうか……

羽生橋はせおさんが絶賛連載中の『人魚の唇のほどき方』がとても素敵だなあと思っています。
https://fujossy.jp/comic/books/1751


上質なジュブナイルを思わせる空気感。
いきなり恋愛に突入するのではなく、登場人物の関係がじっくり丁寧に描かれており、次はどうなるのだろうとドキドキしながら見守っています。


羽生橋さんはBL界隈ではあまり見かけないシチュエーションを次々と繰り出されており、その発想力と挑戦心が本当に凄いと、新たな作品を手掛けられるたびに見とれてしまいます。意識を移植され機械化された肉体の持ち主と人間と人魚のミックスなんて設定、どうすれば思いつくのか…

 

以下ファン小説? 上記の作品に登場する、人魚の能力を保有する少年、鳥海滝君をお借りし、拙作『俺自身を超えた恋について』
https://fujossy.jp/books/21251
の主人公とのクロスオーバー…と呼ぶのもおこがましい拙作のスピンオフ的な短編になります。滝君の繊細な雰囲気、大好きです。

 

率直に申し上げて、羽生橋さんの描いてくださった拙作主人公のエディが好み過ぎて、色々暴走しました。基本的にこいつばかり話してます。そして滝君に対して悪手悪手ばっかりになってます。彼の気分を害させてしまった事でしょう、本当にごめんなさい…
問題ありましたら削除致します。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 よく寝たよ。一晩中目覚めずに、ひたすら夢を見ていたんだ。不思議な夢だった。恐ろしかったし……でもそれはいい、夢なんて起きたら最後、頭の中から綿菓子みたく溶けて消えちまうだろ。昔はそれが凄く哀しくて、必死に縋った。ベッドの中で記憶を辿って、辿って、でも気付けば逆しまに追っていたはずの道しるべなんか影も形もない。慌てて開いた掌の中に掴んでいたものもかき消えてる。ほんとに悲しかった……

 今じゃさすがに、そんなガキじみた真似はしないけどな。時が残酷なことはもう嫌と言うほど理解してる。過ぎ行くことで癒すなんて、口当たりが良いことをいいながら、素知らぬ顔で置き去りにする。


 けど、くそっ、今日は朝寝する予定だったのに、目が覚めちまった。マーロン、マーロン? おい起きてるか。
 いや、目を瞑ったままでもいいさ。適当に聞き流してくれれば。どうせ普段から、俺の言うことなんか、話半分にしか聞いてないだろ。

 

 出だしが一番酷かった。あんたが出て来たんだぜ。
 俺は海にいた。場所は沖縄。ここは沖縄だ、って頑なに思い込んでたけど、実際は怪しいな。小さい頃毎日のように通ったマリブのようにも見えたし、赴任してた頃たまに行っていた襄陽の浜辺かもしれない。大体おかしいだろ、俺、あそこには3ヶ月しか居なかったのに。 とにかく、ありふれた浜辺を想像してくれればいい。貝殻の裏側みたいにじりじり輝く薄い雲が空を覆っていた。その上に太陽があることは間違いないのに全く見えない。空気が全体的に青灰色をしている、春先の中途半端な気候だった。

 

 見渡しても人っ子一人いないから、余計に寒々しく感じたんだろうな。それはいいんだ、こっちはサーフボードを抱えて、今から海へ乗り込もうとしていたんだから。
 でも俺はただサーフィンをしようと思ってたわけじゃない。命令されてたんだ。俺の斜め後ろに立ってたから、姿は見えなかったけど、間違いない、あんただった。
 あんたは幽霊みたいな、重さを一切感じさせない手で俺の肩に触れて言った。「探してきてくれ」って。そう、あんたさ、彼女の脚をどうしても見つけたいんだって、俺にお願いしたんだ。こんなにもずっと、海底に埋もれたままじゃ可哀想だって。
 あんたに頼まれちゃ、俺は断れない。知ってるだろう。

 

 俺の目にもありありと浮かんだよ。彼女の白くてむっちりした綺麗な脚が青緑色をした海水の中で、逆さになって泥の中へ突き刺さってるのを。場所までも分かる気がした。
 ボードへ腹這いになって、ゆっくりパドリングしながら岸から離れていった。厚く温かいのに、陸へと打ち寄せるときはぶわっと冷たさを増す、春の波だ。
 あんなの楽勝さ。こっちへ赴任してきて以来海に行ってないけど。そのうち行きたいな、東海岸は冬が凄いって聞くし。あんたも泳ぎは得意だって言ってたろ、それに大学時代はボート部だったって。

 

 泳ぎ回って、眼を皿のようにして水の下を探してた。すぐに見つかると思ってたのに……いや、本当のことを言うと分かってた。絶対に見つかりっこないって。分かるんだよ。夢の中でなら、俺は物事をしっかりと確信している。だからこそ夢なのかな。現実では絶対にあり得ない。
 それなのに、俺は探すのを止められなかった。闇雲に手で重い水を掻いて、ひたすらアウトサイド(沖)へと向かっていた。

 

 気付けば側には7歳くらいのあんたもぷかぷか浮いててさ。浮き輪に尻を突っ込んで、波間に揺れてた。これが夢の面白いところだよな。
 小さなあんたは、あんよでばちゃばちゃ滴を跳ね散らしながら尋ねた。「どうしてそんなに必死なの?」酷いと思わないか、俺はあんたの為に必死こいて探してるんだぜ。
 それなのに、俺が波飛沫で目を真っ赤にしてることなんか、あんたはまるで素知らぬ顔だった。あどけない声が、強まるオン・ショアに吹き散らされて、まるで四方八方からぶつかってくるかのように感じた。
「でも、すこし休ませてほしかったよ。そうしたら、見つかるかもしれなかったのに」
 何気なく掬い上げられ、細い指の隙間からこぼれ落ちるキラキラした滴も、風に乗って降りかかる。
 思わず眼を閉じた瞬間に、大きな波がぶつかって、ボードごとひっくり返された。そのままぐっと腰から下を巨大な手で掴まれて、引っ張られるような感覚に襲われた。酷いカレント(潮流)に巻き込まれたんだ。

 

 死体を探しに行って自分が死ぬんじゃ世話ないよな。本気で「これはもう駄目だ」って思ったね。何度か手足をばたつかせてはみた。でも全くと言っていいほど水面に辿りつけなかった。
 もういいか、と思ったんだ。ここが夢の中だってことは分かってたしな。死んだら目覚めて、あんたの顔を見ることが出来るだろうから。昔、そう言う映画あったろ。レオナルド・ディカプリオが主演してた。
 ディカプリオの奥さんはもう死んでいて、要するに、彼の妄想みたいなもんなんだよな。幽霊って言ってもいいのか。生きてもいないのに旦那の邪魔をする。酷い話だ。そんなこと、許されるかってんだ。

 まあ……確かに彼女は、可哀想なのかもしれない。死んでしまって、二度と夫に会えない訳だから。

 

 とにかく俺は、そのままで良かったんだ。なのに、一面の青の中で漂っていたら、腕を掴まれて、ぐわーっと一気に引き上げられた。
 波を割り、風を切り、気付けばあれよあれよの岸へと到達していた。濡れて固くなった砂浜に肩から倒れ込むようにして、何とか酸素を吸い込もうと必死に胸を喘がせて、ゲホゲホ、ゲーゲー。おかしいよな。水の中で今まさに死のうとしてたときは、そこまで苦しさを感じなかったのに、いざ生きるとなると途端に苦しくなる。

 丸めた背中をさする掌は細くひんやりしていた。ところどころデリケートに柔らかく引っ付くみたいな。指の間に薄い水掻きがついてる手なんだ。ぼやける視界の端でちらつく腕には、ひれみたいなのがついていた。
 夢なんだ。人魚が出ようと、狼男が出ようと、構うもんか。


 正確には半魚人? 下半身が魚じゃなくて、足が生えてるなら半魚人だろ。残念ながら、赤毛のアリエルじゃなかった。男だよ。細っこいなりの、ハイスクール位の年齢の子供だ。
 シチュエーションとしても、童話の中みたいに恋へ落ちてる場合じゃなかったしな。

 

 半死半生の俺を更に陸へと引っ張り上げようと、その子は立ち上がって更に俺の肩へ手をかけたから、結構って断った。文字通り這々の体で何とか仰向けになって、しばらく伸びていた。
 辺りは気味が悪いほど静かだった。荒げられた俺の息の音ばかりがうるさくて、不愉快なほどだった。
 覗き込む彼の目が心配そうだから、逆に落ち着いてきてさ。ああいうのを澄んだ瞳って言うんだろうな。まるで水を固めたようだった。相変わらず重たげな空から降り注ぐ鈍い光のうち、綺麗な色だけを取ったみたいな輝きなんだ。

 

「助かった」
 がらがらに掠れた声で礼を言ったら、彼はほっとしたように小さく頷いた。
 起き上がって見回したら、海はさっきまで人一人を飲み込もうとしていたとは思えない、しれっとした顔で凪いでいる。サーフボードは流されたんだと思う。それに、あんたもいなくなってた。
「海で、子供を見かけなかったか。7歳くらいで、浮き輪に乗ってる」
 今度は首が横に振られる。おかしな話で、俺は大人のあんたを探さず、子供の行方を聞いたんだ。大人の方は、だって、しょっちゅう姿を消すもんな? 彼はもう一度、首を振った。俺は別に、また海へ戻ろうとしていた訳じゃない。なのに沈痛な、それでいてせっぱ詰まったものを物静かな表情の奥へ秘めて、腕を押さえられた。ひんやりとした体温が正気に戻してくれた。これは夢だってな。あの小さな子供は存在しない。存在しないものを心配する必要はない。そう言う無駄な悩みはあんたに任せるよ。

 

 しばらく二人で砂の上に座り込み、寄せては返す波を眺めてたっけ。お喋りせず、黙っていても平気な奴ってのが世の中には存在する。彼はまさしくそのタイプなんだ。
 それも道理で、彼は喋れなかった。少なくとも、喋るのを止めていた。巌のように固い意志を持っているらしかった。

 俺は彼へ、無様に波へ飲まれた理由を説明した。大事な人がいるってこと。その人にもまた大事な人がいて、無くなった彼女の脚を探しているってこと。簡単に手に入れて、彼に渡せると思ったのに、いざとなるとまるで溶けて消えてしまったかのように見つからない。

「でも彼にとっては、その方がいいのかもしれない。脚が見つかったところで、彼女が生き返る訳じゃないんだから。どこかで踏ん切りをつける必要があるだろ」

 彼は一々真剣に頷いて、そのたびに頬の鱗が青い海原を反射してきらっ、きらっと輝いていた。繊細に張られたモザイクタイルみたいなそれは、なめらかな顔立ちの中で、まるで泣いているように見えるんだ。


 あれだ、ウミガメの涙って知ってるか? 奴らは卵を産むとき、悲しくもないのに、勝手に泣いちまうんだ。いや、悲しいのかもな。孵ったところで子亀どもは、殆どが肉食の鳥や魚に食われちまうんだから。
 それでも俺は、亀がそんなこと、何にも考えちゃいないと思うけどな。奴らは賢くない。両生類にそんな知恵が回ってたまるか。それとも爬虫類だったか……

 彼女ももし生きてたら、あんたと何かを創り出そうとしたのかなって、そのとき思ったよ。彼女は出来ただろうさ。才能があったしな。
 でもあんた、そもそも子供なんか嫌いだろ?

 

 そう、子供は何でも真に受ける。あまり神妙な顔されるもんだから、こっちも辟易したよ。
「お前みたいなガキには分からないと思うけどな。本来そいつが進むべきだった未来を進路変更させるって、凄く大変なんだぞ」
 俺がこの子くらいの時は、こんな苦労をするなんて思いもしなかった。恋ってもっとさ、甘くて綺麗なものだと思ってた。実際は、時々、吐き気を催すんだーーゲロの恋。あんた前に、フランス人の作家の本を貸してくれたよな。そこでヒロインの一人は、自分の姉が恋人と寝たって知って、ショックで嘔吐して気絶するんだ。あの時はただ汚ねえ話だなって思ったけど、今は分かるよ。恋は酸っぱくて汚い面が間違いなくある……最後まで読まなかったけど、そういう話なんだろ?
 
「それでも、やっぱり最後にかじる一口は甘いと言うのか……お前も気になる子とかいるのか? ん?」
 整った形の唇が柔く開いて、それから閉じる。まるで瀕死の蝶の翅のように、耳元のえらを震わせ、彼は両手で喉元を押さえた。俯き、苦しそうに顔を歪めて、今にも胸の内から飛び出しそうな叫びを必死に止めようとしているかのように。声を出した途端、喉が裂けて血が吹き出してしまうと恐れているかのように。
 それともこの場合は、泡になって消えるって言うのか。


「まるでほんとの人魚姫みたいだな」
 夢なので、思ったことがそのまま声になる。彼の首、そんなにきつく締め上げたら、息が止まるんじゃないかって勢いなんだ。寧ろ、そうなることを望んでいたのかようだった。

 不意に俺は、彼が海の中で死ぬことが出来ず、途方に暮れてたゆたっていたのだと悟った。
 硬直した上半身と裏腹、力ない足の爪先は波に洗われるままにされていた。まとわりつく海水の泡立ちに、一瞬ぎょっとなる。
 これは夢だから、もしかすると彼から声を奪った悪い魔法使いがいるのかもしれない。でも、現実だとそうは行かないよな。
「もしも魔法があるなら、とっとと彼女の脚を見つけられるってのに」
 でも、魔法には代償が必要なんだっけか。

 

「彼女を生き返らせる為に、血が滴る俺の心臓が必要だって彼に言われたら、俺は今すぐ自分の胸をナイフで開いて、捧げて見せるよ」
 そうすればあんた、毎月俺の命日には墓へ花を持ってきてくれるだろう。寝言で俺の名を呼んで謝罪し、俺が送信したテキストメールをスマートフォンから消すことも出来ず、暗い顔を浮かべたまま生のままのジンを煽って、過呼吸を鎮めるためにパイプを噴かす。話の最中に俺の話題が出たら「あいつは……」と言葉を途切れさせたきり、陰鬱な表情で黙り込んでは周囲に気を揉ませるんだ。きっと自分の感傷へ浸るのに精一杯で、蘇った彼女のことなんかほったらかしにするに違いない。
 俺が絶望と苦しみの中で死ぬなら、あんたも背負いきれない荷を与えられなきゃならない。その重荷と共に、沈んできてくれ。地の底へ到達した暁には、俺が手ずから取り除いてやるよ。

 

 なんてな。こんなこと、夢の中だから思えたんだ。どうして睡眠中の脳って奴は、実際には考えてもいないイマジネーションを、ぽんぽん出してくるんだろう。
 あんたがそんな感傷的な真似を求めてないとは知ってるよ。寧ろ嫌悪と軽蔑を催すってこともな。
「そうさ。きっと彼は俺が苦しむことなんか、ちっとも望んじゃいないのさ」
 なあ、マーロン。いっそあんたがそう望んでくれれば俺が楽になると、一時でも考えたことがないと誓えるか。

 

 目が覚める前、あの子が何かを言おうとしてたんだ。必死に唇を開いて、真珠みたいな涙をぽろぽろ溢れさせてさ。怒ってたのかもしれない。痛がってたのかもしれない。それすらもう、思い出せない。せめてそこだけでも、思い出せたらいいんだけどな。

 

 マーロン。寝てるのか。日曜日を一日ベッドで過ごすなんて、とんだ悪徳だぜ……仕方ない奴だな。
 あんたの身体は冷たい。まるで魚を抱いてるみたいだ。それか水死体。彼女と一緒に海へ沈んでる夢を見てるなら、勘弁してくれよ、ほんと。
 だけど忘れるなよ。俺は泳ぎが得意なんだ。