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第2話 二つ折りツナサンド

 彼は俺の仕事の説明を聞くと、前髪を弄ぶのをやめ、まっすぐにこちらを見た。 「アーティスト」その口調は驚きと尊敬の響きを含んでいて、くすぐったい。 「……に憧れてる、ただの絵描き」 「絵描きは、アーティストだろ?」 「ま、それはいいから」気恥ずかしさを取り繕うように、俺は彼に向かってタオルを放り投げた。「洗ってあるからきれいだよ」そう言っておかないと不安になるだろう。そこかしこに絵の具やら何やらで汚れた布切れがある。「髪も服も結構濡れてる」 「ありがとう」素直にそう返事したかと思うと、豪快に髪を拭き始めた。 「パーカーも脱いだほうがいいんじゃない? 中のシャツは無事? 確かここに……あったあった。これ、サンプル品のTシャツ。これに着替えるといい。パーカーはそのへんにでもかけておけばじきに乾くだろう」 「あ、俺、そんなつもりじゃ。つか、勝手に入ってきちゃって、すみません」 「いいって」俺は笑う。確かに「どうぞ」とも「いいよ」とも言っていないが、まるで隙間に入り込む猫のような自然さで入ってきた彼を追い出すのも野暮な気がした。  彼はパーカーと、その下に着ていたシャツを脱ぎ、上半身裸になる。案外と良い体つきをしている。その姿で、俺が渡したTシャツの前後を確かめるような仕草をした。両面に大きめのプリントがしてあるから、パッと見では区別がつきづらいのだろう。  俺の視線に気づいたのか、訝し気な顔で俺を見た。「これ着たらすぐ帰るんで。これは洗って、また返しに来ます」 「いいよ、あげる」 「でも、高そうだし」彼は着替え終わったTシャツの胸の部分を引っ張った。そこには女神像のイラストがある。とある企業のイベント用にと依頼されて俺が描いた。 「もらいものだから、気にしないで。ただ、SNSに画像を掲載しないこと」 「えっ?」彼はキョトンとする。 「それ、依頼されて作ったデザインで、勝手に世に出回るといろいろ面倒が起きる、かもしれない」 「でも、あんたが描いたもんでしょ」 「描いたのは俺でも、俺の手から離れたら好き勝手は出来ないの」 「そうなんだ」  俺は作業場の隅に向かった。お茶でも淹れようと思ったのだ。元はガレージ、厨房設備なんてなかったけれど、リフォームの際に簡易キッチンを備え付けてみた。小さなシンクと、一口ガスコンロ。それだけの代物。  シンクとコンロの間のわずかな隙間に、インスタントコーヒーの瓶と紅茶及び緑茶のティーバッグを積んである。ミルクや砂糖の要不要を尋ねるのが煩わしくて、緑茶を選んだ。 「俺はちょっと失礼してメシ食いたいんだけど、いいかな。君も食べるか? ツナサンド」 「いえ、そんな」そう言った矢先に、彼のお腹が空腹を訴えた。「違います、これは、急にお茶飲んだから、胃が活発に動いて」懸命に言い訳をするのが可愛らしい。 「一人で食べるのもつまんないから、つきあってよ」  彼は少し戸惑った様子を見せてから、「はい」と小さく頷いた。  コンビニに寄って買ったのは「ツナサンド」ではなく「ツナ缶」だ。食パンは前日に買ったものをそのまま放置してある。本当は昨日作ろうと思ったら肝心のツナ缶のストックが切れており、雨の中もう一度コンビニに行く気にもなれなくて結局食べずじまい。今日はそのリベンジのつもりだった。  調理道具を使うのも面倒で、食パンの半分にツナを乗せ、マヨネーズを絞り、二つ折りにするという究極に雑な作り方でサンドイッチを作る。見た目も当然良くないが、いつもこんなものだ。皿にのせることすらせず、彼にそれを渡す。 「え」不格好なツナサンドに、彼はあからさまに不快な表情を浮かべた。 「手は洗った。見た目の問題だけで、衛生上の問題はない。味は想像通りだと思う」  彼は渋々受け取り、行く末を見守る俺の視線に耐えかねるように一口頬張った。「……ツナマヨと食パンの味がする」 「そう、それで正解」  俺は再びキッチンに戻り、同様の作り方でもう一つ作った。 「あまり、儲からない?」いつの間にか食べ終えていた彼が言った。 「この仕事? はは、こんなもの食べてるから?」 「いや、えっと……はい」自分の空腹はあんなに焦って弁解していたくせに、俺への失言は特に失言とも思っていないようだ。 「うん、儲からないね。でも、同世代の同業者の中では頑張ってるほうだよ。一応絵だけで食えてる」 「そうですか。……好きなことを仕事にできるのは羨ましいな」 「別に好きなわけじゃない。人よりちょっとは上手くできることがこれしかなかっただけで」  俺も三口ほどで食べ終えてしまい、二度目のサンドイッチ作りだ。一つは彼に、一つは自分に。彼は今度は嫌がらずに受け取って、またあっという間に食べた。 「相当腹減ってたみたいだな?」 「実は昨日から食べてない。猫缶買ったら、自分の分買う金なくなっちゃった」 「それはダメだよ、まずは自分の健康管理しないと。さっきだって濡れたまま餌やりしてただろ? 体壊したら余計金もかかるんだから。大体、浪人生ならまずは勉強とか」 「……結構普通のこと言うんですね」

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