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(延長戦)恋愛相談
僕と朔夜は夏休み中それぞれ担任の新橋 から呼び出しを受けた。
夏休み前の昼休みの「朔夜の抱擁&告白事件」のことについて。
僕はにっこり笑って「僕はたぶんゲイです。子どもの頃から森下くんのことが好きでした。だから今とても幸せです。受験勉強にも身が入るようになりました」と言い放った。
朔夜は不器用だから新橋の叱責を受けるのではと思ったが、案外落ち込んでいなかった。聞けば、「泉くんのことが好きだと気がついたから告白しました。人目のあるところでになってしまったのは後悔してますが、告白自体は後悔していません」と言ったそうだ。
朔夜、カッコいい。新橋は頭を抱えていたらしいが。
実際のところ、朔夜はかわいい。美少年と言うよりは、童顔の美少女だ。白い顔にバラ色の頬、栗色の癖っ毛、色素が薄くグリーンがかってさえ見える大きな瞳。
朔夜のお母さんが保育園の見学に行ったとき、保育士に「まあ、女の子に男の子の服を着せて」と言われた話は二、三度聞いた。
朔夜が自分ことを「俺」と呼び、口調も男っぽく砕けたものなのは、自分の容姿がコンプレックスになっているからだと思う。
僕はそんなところも含めて朔夜が好きだ。
両思いになれたのを機に、僕は朔夜をある人に紹介することにした。
「どこ行くんだ?」
朔夜は不審げだ。
「僕の行きつけの美容室」
「美容室ぅ?」
「僕の知り合いに朔夜を紹介したいんだ、恋人ですって」
朔夜は目をまん丸くした。それから長いまつげをばちぱちさせた。そして顔をしかめた。
「大丈夫な人なのか?」
僕は笑いかけた。
「その人もゲイだから」
僕が美容室ビューティライフのドアを開けると「いらっしゃいませ。あ、泉くん」といつも僕の担当をしてくれる店長の坂木さんが受付カウンターにいて気がついた。
「こんにちは、オーナーと約束してあるんですけど、いらっしゃる?」
「二階でお待ちですよ」
「お邪魔しまーす」
二人ほど客がいて、顔なじみの美容師さんにぺこっと挨拶をした。バックヤードに入って階段を上る。
「馴染みすぎじゃね?」
朔夜がぼそっと言った。
「まあまあ」
白を基調にした店舗と同じように二階も白だ。
二階は倉庫とオーナーである倉田さんの住まいだ。玄関の横のインターフォンを鳴らす。
「幸彦くんね、どうぞ」
「はーい、お邪魔しまーす」
ドアを開けて中に入り、朔夜を促す。
朔夜は最初は腰が引けている感じがしていたのだが、何だかちょっと顔が怖くなっている。緊張しているのだろうか。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
リビングに入っていくと倉田さんがキッチンからお盆を持って出てきた。どこにでもいそうな三十代後半のおじさん(失礼な僕)である。
「暑かったでしょう。まずはお茶どうぞ」
僕たちはリビングのソファに座って、アイスティーをごちそうになった。
倉田さんが僕たちの前に座った。
「倉田さん、僕の幼なじみでクラスメートで恋人の森下朔夜くんです。朔夜、この人はこの建物のオーナーの倉田重夫さん」
「初めまして、朔夜くん。倉田です。お話は前から幸彦くんから聞いていました。本当に美少女系だね」
「初めまして、森下朔夜です。幸彦とはどういうご関係ですか?」
朔夜がいきなりパンチを放った。僕と倉田さんは顔を見合わせて苦笑した。
「僕がいろいろ朔夜のことを相談していたんだよ。ここの美容師さん、みんなゲイでね、恋愛相談に乗ってくれたんだ」
朔夜がうろんげに僕と倉田さんを見比べている。
「本当だよ。前の店を男関係の恋愛問題で辞めた坂木くんを拾う形でここに美容室を開く準備始めたんだけど、従業員募集したらヘテロの中で居心地悪かったっていう人が集まっちゃってね」
「倉田さんは美容師なんですか?」
「僕は美容師じゃないよ。このビルの一階と二階の倉庫の一部を貸しているだけ。でも、お客さんがいなくて暇な時はしゃべりに下りるし、逆に忙しいときはカウンターのアルバイトをしてる」
「僕も混んでいるときに話し相手になってもらって知り合ったんだよ」
「ふーん」
朔夜の口数が少ない。何か誤解されそうな雰囲気だ。
それを察したのか、倉田さんが飾り棚から写真立てを持ってきて、朔夜に渡した。
「僕の恋人はこの人だよ」
僕も見たことのある写真だ。二十代後半らしき倉田さんと四十代の眼鏡の男性が倉田さんと笑って写っている。
「もう亡くなったけどね」
朔夜がびっくりしたように顔を上げた。
「彼とは東京で知り合ったんだけど、彼のお母さんはその頃には亡くなっていた。その後、お父さんが病気になったから故郷に帰るって言う彼についてここへ来たんだ。僕の両親とは、この性癖のせいで絶縁状態だったから、彼の気持ちを大切にしたくてね。彼のお父さんは完全には納得していなかったとは思うけど、僕を拒否せず受け入れてくれた。暖かい時間だったよ」
朔夜が写真に目を落としている。
「二人でお父さんを看取った後、彼にガンが見つかった」
朔夜の視線が倉田さんに向いた。
「何度も何度も何度も話し合って、僕は彼の養子になった。そして彼を看取って今に至ったんだ。彼には弟がいて多少なりとも修羅場もくぐったから、少しは恋愛の相談に乗れるってわけ」
朔夜が写真立てをテーブルに置いた。
「そうですか。で、ゆきは何を相談したの?」
僕はびっくりした。セックス中以外で朔夜が僕を「ゆき」と呼んだのは初めてだったからだ。それに朔夜がとても好戦的。
「なかなか振り向いてもらえないとか、絶対僕のことが好きだと思うのに気がつかない、とか?」
「ふーん」
朔夜の雰囲気がとても悪い。くるっと僕の方を向いた。
「直接、俺に言ってくれてもよかったんじゃないか? ゆきから『好きだ』って」
まあまあと倉田さんが間に入った。
「告白されるってのはやはり一つの理想だよ。幸彦くんは朔夜くんの――」
「名前呼びやめてもらえません? まだあなたとはそんなに親しいわけじゃないんで」
朔夜が恐ろしくぱきぱきしゃべっている。しかも怒っている。
「ああ、ごめんなさい。森下くんの気持ちが今ひとつ泉くんはつかめなくて不安だったんだよ。告白してもらえれば安心できるだろう?」
「それはそうかもしれませんね」
やっと話に接点ができた。ここまでに僕は冷や汗をかいている。まさか、朔夜が倉田さんに嫉妬らしきものを見せるとは思わなかったのだ。
「でも、僕としてはおもしろくないですよ。僕の話をダシにしてゆきが他の男と話をしていたと思えばね。その点を、ゆきはどう思ってんの?」
僕はうろたえた。
「ぼ、僕は相談に乗ってもらっていた人に、朔夜を見せびらかしたくて……」
「それって、今日も俺がダシってことじゃん? じろじろ見られて、俺的にはおもしろくないよ」
「君、話に聞いていたよりずっとはっきりしているんだなぁ」
感心したように倉田さんが言った。
「それだけはっきり相手に言えるのはいいことだけど、相手の気持ちを汲むのも大切だよ」
「それなら、ゆきは俺の気持ちを汲んで、あらかじめもっと恋愛相談をしていたという情報を流しておくべきだった。いきなり連れてこられて、まわりは事情を知った風で、何も知らずに連れてこられた俺は生暖かく見られて、おもしろいわけがない」
うなだれたまま、僕は言う。
「ごめん、朔夜」
倉田さんも驚いたようすで訊ねてくる。
「何も話してなかったの?」
「はい」
「そりゃ、泉くんの不手際だね。恋愛話ってのはプライバシーが関わるものだから。僕も気が利かなくてごめんね、森下くん」
「いーえ」
すっかりへそを曲げてしまった朔夜に僕は意気消沈である。
倉田さんは取りなそうとしてくれる。
「まあ、でも、両思いになったのは事実なんだろう。それはよかったじゃないか」
「裏に参謀本部があったなんて知りたくなかったですけどね」
「君もいい加減しつこいなぁ。他人である恋人ともっと近くなってうまくやっていくには、水に流すことも覚えるべきだよ」
「それが恋愛相談というわけですか?」
朔夜がキレた。
「まず、ゆきが俺以外を頼っていたのが気に入らない。あんたがゆきを名前呼びしたのが気に入らない。俺を子どもだなぁと思っているのも気に入らない。自分だってガキだったことがあるだろうに、それを先輩風吹かせているのが気に入らない」
そして立ち上がって宣言した。
「俺は倉田重夫、あんたが気に入らない。それが結論だ」
朔夜が鞄を掴んで玄関に向かった。僕はあっけにとられて朔夜の背と倉田さんを見比べたが、倉田さんが手で朔夜を追えと示していたので、ぺこっと頭を下げて玄関に向かった。
僕が美容室のドアを出たときには、朔夜はだいぶ遠くまで歩いていた。歩き方からして怒っている。大股でドスドスと音が聞こえてきそうだ。僕は走って追った。
「朔夜、ごめん、朔夜」
朔夜が立ち止まった。僕を振り向くと、きっぱりと言った。
「恋愛の舞台裏を見せんなよ。興ざめじゃんか」
「ごめん」
「今まで幸彦が見せてくれていたのが、みんなあいつらの入れ知恵なんじゃないかと思えちまうだろう?」
ああ、そこまで考えていなかった。
「そうだね。考えが足りなかった。ただ、両思いになれたって見せびらかしたくて、朔夜の気持ちを考えてなかった」
「もういいよ」
朔夜は渋い顔をしていた。
「俺も頭にきて言いたい放題言ったからな」
それから僕らは黙って手を繋いで歩いた。
向こうにパン屋さんが見えた。
朔夜が言った。
「あのパン屋にクリームパンが売っていたら、それで手を打つ」
僕は苦笑する。
朔夜はどこまでもクリームパンなんだな。
「クリームパンがなかったときは?」
「次のパン屋を探す」
「わかった」
僕たちは小さく笑い合って、パン屋さんに向かった。
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美容室ビューティーライフの二階では別のカップルの片方が文句を言っていた。
「勝手に殺さないでくれよ」
ベッドの中にいるのは五十代の男だ、眼鏡はベッドサイドのテーブルの上にある。
重夫はいたずらっぽく舌を出した。
「そこ以外はすべて本当じゃないか」
「そこが一番話を聞く人を動揺させるところだろう? よりによって高校生に」
重夫は肩をすくめた。
「若いからこそ、今が大切だって知っておいてもらいたいのさ。それに時代も大きく変わったからね」
「それはまあ、そうだけど」
重夫はベッドの男に抱きついた。男が重夫の背をやさしくさする。重夫は言う。
「一日でも長生きしてよ」
「当たり前だよ」
「約束だよ」
「約束する」
それから唇を合わせるだけのキスを交わし、また軽く抱擁をした。
――了――
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