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(延長戦)親バレのち嵐(5)

 さあもう穏便には戻れない。  だがやっちまったものは仕方がない。  俺はそこで幸彦を振り返った。  幸彦はぽろぽろと涙をこぼしていた。拭っても拭っても涙があふれてくる。 「ごめん、ごめんね、朔夜」 「幸彦は何も悪くない」  俺は幸彦の手をしっかりと握って歩き出した。  目的地は決まっていた。  安全で、しばらく置いてくれる場所。  最終的に幸彦とは引き離されるかもしれないが。幸彦の気持ちが落ち着くまで安全ならそれでいい。  俺が向かったのは一番近くの交番だった。  交番のガラス戸をノックした。中から出てきた警官は俺たちを見て驚いた。 「どうしたんだ? 中へ入りなさい」  警官は二人いた。 「君たち高校生? そんな格好でどうしたの?」  一度おさまっていた幸彦が再び泣きじゃくり始めた。そんな幸彦に警官は椅子を勧めてくれた。幸彦が座り、俺は幸彦の背後に立って肩に手を置く。 「俺たち、同じ高校でゲイのカップルです。今夜、彼がうちに両親了解のもと泊まりに来ていたのに、無理矢理引き離されそうになったので飛び出してきました」 「それでパジャマなのか。君はぶたれてるみたいだね。親御さんに?」 「ちょっと彼のご両親に言い過ぎて、父に平手打ちされました」 「今頃は心配していると思うよ。連絡取ろうか?」 「今すぐはいやです。せめて落ち着くまで待ってください」と幸彦に視線をやると、警官も理解してくれたようだった。  ただ、本署へ問い合わせと、男子高校生二人を保護していることの連絡はされたようだ。  俺は、親たちは俺たちが飛び出した理由が理由だから、すぐには警察に届けないだろうと考えていた。たぶん近所をまず探すはずだ。公園、学校、俺たちが隠れる場所はいくらだってある。警察に連絡するとしたらその後だ。そして、それは当たっていたらしい。  そんなわけで俺には時間ができた。おかげで頭も多少冷えた。  すみれさんは許せない。俺たちからすると問題はとにかくすみれさんなのだ。  絵がうまいのはよくわかった。リアルに描写できるその腕を振るう題材を現実の幸彦や俺でなく、他へ向けて欲しいし、犯罪的エロと芸術の境界に立つより、はっきり芸術側に落ちて欲しい。  ああ、違う。  俺が言いたいのは要するに「俺たちにちょっかいを出すな」だ。  幸彦が泣き止んでしばらくしてから、俺の右手に触れて振り返った。かすかに笑って見せてくれた。 「もう、大丈夫」  俺たちは名前と連絡先を申告した。  両親たちが迎えに来た。なんと幸彦は結局今夜は俺の家に泊まることになった。すみれさんから引き離しておいた方がいいという話が、俺たちのいない間に行われたらしい。  警官たちには「親御さんに心配を掛けないように」と釘を刺されたが、思ったより暖かく受け入れてもらえたのは本当に助かった。俺たちは丁寧に頭を下げて礼を言った。  家に着いたら、母さんが俺たちにペットボトルの茶をグラスに入れてくれた。 「まさか交番にいるとは思わなかったわよ。補導されたのならともかく真っ直ぐ行くなんて」 「あそこより安全な場所を思いつかなかったから」 「そりゃそうね」  父さんは何も言わなかった。  父さんにぶたれたのは初めてのことだ。ショックがないといえば嘘になるが、よそ様の娘さんの悪口をいっていれば、怒られもするか。こっちも頭にきて冷静さをなくしていたし。  俺の部屋のベッドに幸彦を寝かせた。俺は床に敷いた布団に横になった。  三十分くらいした頃だろうか、隣がもそもそする。幸彦がベッドから隣に下りてきていた。俺のパジャマを掴んでいる。  俺は幸彦の体を抱いて眠った。  翌朝の我が家の朝食は、ベーコンエッグにレタスとトマトのサラダ、インスタントのコンソメスープ、トーストとミニクリームパンだった。母さんとしてはがんばったと思う、何より全員分がそろって暖かく提供されたのだから。 「昨夜はご迷惑をおかけしました」  食事を終えた両親に幸彦がきっぱりと言った。父さんが答えた。 「君は何も悪くない。それだけははっきりしているよ」  そして笑った。 「朔夜と仲良くしてやってくれ」  俺たちは顔を見合わせた。 「そうよー。片づけも仲良くやっておいてねー」  皿一枚も運ばずにっこりと母さんが立ち上がった。 「さあ、仕度したくー」  少なくともうちの両親はいつも通りで、幸彦のことも認めてくれたようだ。  俺はデザート代わりにミニクリームパンをがぶりと食べる。  真似するように幸彦もクリームパンを一口ずつちぎって食べる。 「甘いね」と、幸彦。 「甘いからいいんだよ」 「そうだね。おいしい」  幸彦は微笑んでいた。  嵐のような一夜が過ぎ、俺たちはいっそう近づいた気がする。  困難な壁は俺がぶち割るし、時には幸彦が破ってくれることもあるに違いない。  とにかく二人で協力すればきっとうまくいく。立ち止まったら駄目だ。  お互いの口にクリームパンを入れていたところを、「行ってきます」を言いに来た母さんに目撃された。「ひゅーひゅー」と冷やかされたのさえうれしくなる朝だった。 ――親バレのち嵐 了――

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