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(延長戦)壁は壊せるか(1)

「ほんっとうに呆れちゃったよ」  幸彦が心底愛想が尽きたという調子で言った。  場所はわが家のバスルーム。  バス停二つ分を歩いてきて汗をかいた幸彦にシャワーを勧めたら、俺もということになり、二人で体の洗いっこをして、ついでにいかせっこもして、今は浴槽に二人並んでしゃがむように浸かっている。 「朔夜のご両親にも知られるほどの大事になったのに、まだ『あれは芸術で、描いたのは正しい』って言い張っているんだ」 「謝らないんだ」  俺はすみれさんの顔が浮かぶ気がした。 「全然。それどころか『想像にしてはよく描けていただろう』なんて言ってにやにやするんだよ。ぞっとしたよ」  俺たちが交番に保護を求めて、結局俺の家に一泊した幸彦は自宅に帰った。  その夜、家族会議が開かれたが、すみれさんは反省の色をまったく見せなかったという。それでかっとした幸彦が両親の前ですみれさんを罵って、すみれさんが「どうせもうやっちゃってるんだろう? 事実を描いたのと変わらない」と嘲笑し、会議は続行不能となったという。  幸彦のご両親がうちの親に語ったところによると、すみれさんが受験生たる弟の心乱すということで、すみれさんを大学のある石川県に戻らせることも考えたそうだ。だが、今の状態のまま一人にすると更にどんな絵を描くかわからないという心配もあると、絵の道具を取り上げ自宅軟禁状態にすることに決まったそうだ。  すみれさんと顔を合わせると喧嘩になる幸彦は、俺の家がほぼ預かる形となった。ほぼというのはわが家に二泊三日して一泊自宅に帰るという変則的な泊まり方をすることに決まったからだ。  わが家的には何の損もない。俺の弱点である英語と化学を補う幸彦と、幸彦の弱点である数学と物理を補う俺とのWin-Win。更には幸彦は朝食の手伝いをし、二泊のうちの一泊は夕食を作る(当然俺も手伝う)というサービスまでしてくれたのだ。母さんなど初日の夕食には本当に泣いて喜んだ。  そんなわけで幸彦はほぼ俺の家に同居となった。  だが、根本の問題は片がつかない。  すみれさんだ。  筆が乗ると描くのが異常に早いというすみれさんが、俺たちの絵を量産でもしたら、そしてその絵を誰かが見たら、すみれさんは自業自得としても、やはり俺たちにとって都合が悪い。俺たちは受験生であるし。  すみれさんが見透かしているとおり、俺たちは既に深い関係になっている。だから描いてもいいだろうというすみれさんの理屈は突飛すぎる。俺たちにだって肖像権はあるはずだ。まして春画同然のエロ絵。  俺は立ち上がった。 「のぼせてきたから出る」 「僕も」  僕もと言いつつ、浴槽の湯を抜きながら床から風呂掃除を始める幸彦は本当にできた人間だ。俺は風呂掃除で浴槽は洗剤で洗っても床はシャワーで流すだけだった。 「浴室乾燥あるからいいよね。雨の日でも洗濯できるし、お風呂場が乾いてカビかはえにくい」  新しいTシャツと短パンに着替えて勉強に取りかかろうと仕度を始めたときに幸彦が言った。 「浴室乾燥は確かに便利だと思う」 「絶対便利だよ。女物の下着を干すときなんか特に」  俺は幸彦を見た。 「干すの?」  幸彦がきょとんとした。 「洗濯すれば干すでしょ?」  家族の分の洗濯もしているんだ。なんてできた息子さんなんだ。

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