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(延長戦)壁は壊せるか(3)
その日の午後、俺と幸彦は美容室ビューティライフの二階にいた。白いソファに腰を掛けている。前にはアイスティー。
部屋の主、倉田重夫さんはおもしろそうに俺を出迎え、今もおもしろそうに俺を見ている。
母さんは言った。
「はっきり言って、私たち同性愛の人のことはわからないわ。あなただって今はただ幸彦くんが好きっていうだけで、その大変さとかはわかってないでしょう。高い壁にぶち当たった時どうするかを考えなさい。同じ同性愛者に相談するか、法律家に相談するか、この頼りない親に相談するか、その他の誰かに相談するかはわからないけれど、もしその時無様に逃げるくらいなら、今のうちにただのお友達に戻りなさい」
俺の知る同じ同性愛者はこの人しかいなかった。
俺はいきおいよく立ち上がると、上半身が床と平行になるまで頭を下げた。
「この間は失礼しました。生意気言ってごめんなさい。すみませんでした!」
反応のない数秒がとてつもなく長く感じられた。
笑い声がはじけた。
「真面目だねぇ」
倉田さんは向かいのソファで笑い転げている。
「謝るのはこっちだよ。泉くんとすごく親しげにして見せたから、君が焼き餅焼くのは当然。ごめんね」
倉田さんに座って座ってと促された。腰を下ろすと幸彦が俺の肩に肩をちょんとぶつけてきた。
「他にも謝らなきゃいけないことがあるんだよ」
倉田さんが立ち上がった。
リビングとプライベートを仕切っているらしい天井から下ろされた白くて幅の広いカーテン。それの端を倉田さんは掴んだ。
「君たちに嘘をついていたことがあってね」
カーテンをゆっくり開けていくと、ベッドが見えてきた。ダブルじゃない。キングサイズ? そこに一人の男性がヘッドボードとクッションを背に座っていた。眼鏡を掛けている。
「あっ」
幸彦と俺は同時に声を上げた。
この前見せられた写真の人だ。倉田さんの亡くなったという恋人。
「初めまして。実はまだ生きてます」
彼、倉田康行さんはそう言って笑った。
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