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(延長戦)壁は壊せるか(4)
「親を看取ったのも、重夫と養子縁組をしたのも本当。病気も、もう治らないのも本当。勝手に殺したのは重夫。ひどいよね」
康行さんは笑っている。
「脚色だよ、脚色」と重夫さんも笑っている。
康行さんが大きな声が出せないと言うことで、重夫さんが折りたたみの椅子を二脚、俺たちのためにベッドサイドに用意してくれた。
思わず俺は訊ねていた。
「いつも寝てないといけないんですか? 入院とかしなくても大丈夫ですか?」
「そんなことないよ。今日は散歩に出て少し疲れたから、昼寝しただけ。最近はガンでも通院治療が増えたんだよ」
「俺はそんな康行とできるだけ一緒に過ごしたいから、康行が相続したこの建物を改築して、家賃収入で何とかやっているわけだ」
二人はとても仲が良さそうだった。
「話は何かな?」
康行さんが言った。俺と幸彦は顔を見合わせて、俺からすみれさんの話をし、幸彦はそれを補うという形を取った。
「それはまた厄介なお姉さんだね」と康行さん。
「とりあえず絵は没収して燃やしちゃうしかないな」と重夫さん。康行さんと話すと言葉遣いがやや男っぽくなるらしい。
「それじゃ、今後描く絵の問題が片付かないよ」
「家族間で肖像権とか争うのは大変かもだけど、森下くんは他人だよ」
康行さんがふと僕たちを見た。
「絵の写真ある? 無論見せたくなければ見せてくれなくていいけど」
俺は持っていない。幸彦を見ると迷っている風だ。スマフォに入れたのか。
幸彦の視線が来て、頷いた。
「いいよ、幸彦」
この人たちには今更だろう、俺たちが心も体も繋がった恋人だということは。
幸彦がスマートフォンを操作して、康行さんに渡した。
二人が「ほう」と感心したような反応を示した。正直意外だった。
康行さんが訊ねた。
「これ、モデルにならずに描いたんだよね。随分な想定力を持ったお姉さんだね」
そうていりょく? よくわからない。
「見事な春画だ。これは秘匿して楽しむべきものだね」
「これが流れちゃったら二人が困るよ」
「そりゃそうだ。でも、二十歳そこそこでこの画力を持っていたら、いずれ芽が出てしまうよ。運があればだけど」
「摘もうとしても摘めない?」
「うん。アングラで活動する危ない画家になっちゃうかも」
またスマフォを眺めてから、康行さんは顔を上げた。
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