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(延長戦)壁は壊せるか(5)

「実は僕、美大出てるんだ」  俺と幸彦は顔を見合わせた。 「表現する方じゃなくて、学芸員になりたくて芸術文化を勉強してね。でも、美術館・博物館の狭き門をくぐれず、普通の会社に勤めてた」 「だから、お父さんを見る時あっさり辞められたんだよな」  康行さんは少し笑った。が、すぐ真面目な顔になった。 「この絵から二人の仲の良さ、本当に互いを好きだという気持ちが伝わってくる。相手を思いやって二人で上り詰めようとしているやさしさが眼差しや表情、指先のやわらかさに表れてる」  康行さんが画面に触れた。ロックがかかりそうになったのだろう。  じろじろ見られて恥ずかしいと思っていた俺とは違い、幸彦は身を乗り出した。 「じゃ、じゃあこの絵は?」  スマフォを受け取って操作し、また康行さんに渡した。 「これはまた可愛い絵だね。中学生くらい? モデルをしたの?」 「はい」  あの問題の三連作だ。  康行さんは目を細めている。 「だからかな。さっきの絵より細部までくっきりしてる。愛されてるね。大切な弟を丁寧に描いてる」 「僕はこの時が一番美しかったと言ってました」 「一番美しいというのはたぶん言葉の綾だな。可愛い弟から一人前の男になって、自立して離れていってしまうことを惜しんで描かれた気がする」  幸彦がスマフォをスワイプする。 「これも、これもですか?」  あの椅子の肘掛けに片脚を掛けて、流し目を送っている絵だ。 「おう、思い切った構図だね。昔から男体に惹かれていたのかな。君はどうしてこんなポーズを許したの?」  幸彦がもじもじと言う。 「それは、そうしたら『姉さん』と呼ばなくていいからと言われて……」 「それが姉からの自立だよね。いつかは離れていく可愛い弟を留めておきたかったんじゃないかな。すべては推測だけどね。いい絵だよ、愛しさに満ちてる」  名残惜しそうに画面を見てから、康行さんは幸彦にスマフォを返した。

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