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(延長戦)壁は壊せるか(7)
静かに幸彦が重夫さんに訊ねた。
「絵のことを倉田さんはどう思っているんですか?」
重夫さんが肩をすくめた。
「どうも何も、この人がそう言うなら叶えてやりたい。ただそれだけ」
そしてにかっと笑った。
「そして絵の前で僕と絡む康行を見つめながら、ひとりしこしこやるのも悪くないよ、きっと」
俺は思わず口を押さえた。目が熱い。
重夫さんの言葉が描いた未来の風景がつらすぎた。二人のセックスしている大きな絵の前で、康行さんを思って欲望を自ら高め解き放つのは、より強く孤独を覚えるのではないのか? それとも絵は慰めになるのか?
その俺を幸彦が抱く。でもその幸彦も嗚咽のような吐息をもらしているのが俺にはわかった。
「君たちは本当にまだ若いんだな」
しみじみと康行さんが言った。
「心が柔らかい。どんな未来でも二人で作っていけるよ」
「絵のこと、姉に話します」
幸彦が言うと、康行さんと重夫さんが小声で話をした。
それから重夫さんが康行さんの背中のクッションを外し、横になるよう促した。
俺たちも立ち上がる。
「後の話はリビングでしよう」
康行さんがひらひらと手を振った。
「ゆっくりやすんでください」
俺が言うと、重夫さんがカーテンを引き始めた。
「あ」
幸彦が口を開きかけて一瞬ためらった。重夫さんが首をかしげる。
意を決したように康行さんに幸彦が頭を下げた。
「姉の絵を好きと言ってくれて、ありがとうございました」
俺は驚いた。あれだけすみれさんに怒っていた幸彦がそんなことを言うなんて。兄弟姉妹がいることはそういうことなのか? 俺は幸彦をうらやましいと思った。
重夫さんは俺たちに新しいアイスティーを出してくれた。
「もし、お姉さん、すみれさんだっけ? が描くと言ってくれたら、それは代金の発生する正式な依頼になる。だから、泉くんのご両親にも話さないといけないな」
俺たちは顔を見合わせた。話が大きくなってきた。
「あらかじめ彼女に伝えておいて欲しいことは、絵はここで描いて欲しい。プライベートなものだからね。それに康行が過程を見たいと言っている。当然石川県からここに通う費用が発生するけど、それは負担するつもりだ。ただしもちろん学業優先。留年などされたらご両親にお詫びのしようがないからな」
重夫さんは両手を組んで声を落とした。
「引き受けてくれることを祈ってる。康行がこんな強引な希望を今まで口にしたことはなかった。それだけ思い入れが強いんだろう」
重夫さんの言葉に胸が締め付けられる気がした。
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