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Catch a bird――捕獲

 決断せざるをえないときが来た。  俺はデスクの前に立つ桜木俊介の顔をしばらく見つめてから命じた。 「高遠遥を連れ戻せ」 「かしこまりました」 「できるだけ残酷な形にしろ。同室の男の目の前の方がいいだろう」 「はい」  頭を下げて、俊介が出ていく。  ひとりになった室内で、俺はため息をついた。  この三年の間、遥のことを忘れたことは一日としてなかった。  我が一族に伝わる伝説の犠牲として選ばれた青年だ。  遥は何も知らされないままその背に特殊な刺青を施され、俺にその身を犯されたのだ。  俊介が見つけてきた青年に凰の証を彫りたいと一族の彫り師直正に言われるまで、俺は男とセックスすることなど考えたこともなかった。  一族の中の者では駄目だと直正が言ったときも、一族外の「女性」だと考えていた。  その時点で分家衆が直正に圧力をかけ、男に興味のない俺が正式な凰を持つのを阻止するために男を選ぶよう仕向けていたことはわかっていなかった。  もしわかっていたら、直正の申し出を絶対に拒絶しただろう。たとえ直正の体の具合が悪く、死に瀕していても関係ない。そのような邪な思惑のある人選を認めはしなかった。  しかし、俺がそれを知ったのは、既に遥の背に針が入れられた後だった。  もう止めることはできない。  いったん凰として鳳が選んだ者という印が刻まれてしまった以上、遥は凰になるか、凰になり損ねた者として処置されるかのどちらかだ。  仕上げのためにと直正の屋敷へ呼び出された。  奥まった直正の仕事部屋で、遥は全裸で診察台のようなものの上にうつぶせに寝かされていた。  やせてはいるが均整の取れた体つきをしている。腕も脚も驚くほど白い。ただ、今はその背だけが刻まれた凰の図柄に添って赤く、わずかに腫れていた。 「私に何をしろと?」  俺の問いに直正は答えた。 「この子とまぐわい、凰を浮かび上がらせてくれ」  耳を疑った。 「前はそんなことしなかったはず――」 「この子が一族外だからだ。この子を凰として一族に迎えるためには、仕上げは鳳とともにその悦びの中で行われなければならない。鳳自らが選んだことになるこの子は、既に凰の定めに縛られている。鳳たるあんたもまた定めに縛られる。凰を持つと決められた以上は、定めに背くことは許されない」  直正が俺に迫った。 「あんたが色づかせなければ意味がない。あんたが自分の体と目で選んだ凰が初めて舞うところを確かめなければ」 「この子はそんな状態ではないでしょう」 「そんなことわかっとる。だが、わしが針を持てる間でなければ、完成はせん。あんたはすべてを無に帰すおつもりか。この子にこんなものを背負わせた責任の一端は、あんたにだってあるのだ。中途半端な態度は許されん。この子の亡くなったお父上にも申し訳が立たん」  俺は呻くように言った。 「この子は男だ――私には経験がありません」 「わかっとる。この子だとて同じだ。無垢だからこそ選んだのだ。今更四の五の言うな。――仕度をしろ」  直正は俺に背を向ける。  呆然としている俺を直正の弟子が促した。 「こちらでお仕度を」  仕方なく着ている物を脱ぐ俺に、弟子は言った。 「香をたきます。多少酩酊感はありますが、性欲は強まります」 「催淫効果があるというのか」 「さようでございます。今まで、彼に針を施すときにはずっと使っておりました」 「筋弛緩剤も使っていると聞いたぞ」 「はい。命に別状のないわずかな量でございます。ご当主のお仕度が整いましたら、交合の前に使います」 「抵抗を防ぐためか?」 「肛門のしまりを弱めるためにも」  それを聞いて、俺は今更ながらに気がついた。  遥は男なのだ。  男である遥と俺はセックスしようとしている。 「あらかじめ洗浄などはすませてございます」  そんな弟子の言葉がより俺に屈辱を味あわせた。  こうなるように仕向けられた怒りと、それを見抜けなかった自分自身への憤りを抑えられなかった。  その気持ちを抱えたまま香の洗礼を受けた俺は、自分を見失った。  高ぶった感情はすべて欲望になった。  それをぶつける先は俺の前にさらけ出された遥のそこしかなかった。  本来感じるはずのためらいや理性は失われ、俺は何の配慮もなく遥を犯した。  遥は舌をかめないようにさるぐつわをされた口で、泣き叫んだ。  俺が突き上げるたび悲鳴を上げ、力の入らないはずの背をのけぞらしそうになって、弟子と直正に押さえ込まれた。  途中で直正が手を止め、弟子に何か指示を出した。  すると弟子はすぐに何かを持って遥の腰の側に近づいた。そして、遥の下腹に何かをしている。  いぶかしく思い訊ねた。 「何だ」 「男を勃たせるものです。痛みや恐怖で追いつめられているようなので、快楽の逃げ道を用意します」  すぐに遥のようすが変わってきた。体の力が抜け、声が甘くやわらかになった。 「続ける」  直正が再び針を持ち直した。  ほの赤く色づいた遥の背に、真っ白な(おおとり)が舞う。  体の熱に反応するそれは、先ほどからずっと姿は見せていた。だが、遥の体が快楽に溺れ始めてからの凰は先ほどまでとまったく違う姿に見えた。  力の抜けた背に浮かび上がる姿は優雅でたとえようもなく美しい。今にも翼を広げて飛び立ちそうだ。  俺はその姿に見とれた。 「これはあんたのものだ」  直正がささやく。 「あんたのための凰のおおとりだ。あんたがこの子を悦ばせればこの美しい姿を見せてくれる。この子があんたに心を添わせれば、あんたをずっと守り続けてくれる。鳳には凰が必要で凰にも鳳が必要なのだ。鳳と凰はつがいなのだ。それを忘れてはいけない。つがいは離れてはいけないのだ」  俺の耳にその言葉は甘く忍び込んだ。  この体は俺のものだ。俺に深くうがたれて、悦びの声を上げているこの体は。  俺は俺のものである凰を犯し、何度も達した。  遥は途中で意識をなくしていたが、そのことすら気がついたのはすべて終わってからだった。  次の日、遥のようすを見に行った。  遥は部屋の隅に膝を抱えて震えていた。表情はうつろで、顔色がひどく悪い。 「一時的なショック症状でしょう。今は口もきけないようです」  遥の診察をした亮太郎が立ち去りながら俺に耳打ちした。  俺は遥を見つめた。  昨夜のことが嘘のようだ。  その時、口のきけないはずの遥がぽつりとつぶやいた。  たすけて、とうさん  背筋に寒気が走った。  あまりの悪寒にそれ以上遥の側にいられず、俺はその場を逃げ出した。  遥の父親が亡くなって二週間と経っていなかった。  遥は父子家庭で育ったため、家族と呼べるのは父親だけだった。  最初に刺青の話を持っていったとき、遥の父親は自宅療養をしていた。父親の病状は非常に悪く、その退院も手の施しようがないと言うことの他に、金銭的な理由もあることはわかっていた。  人のプライドについて、俺は――俺たちはおそらくなめてかかっていたのだろう。  父親は遥の背に刺青をしたいというこちらの申し出に激怒した。事前の調査で「温厚で大人しい、むしろ臆病でさえある」と報告されていた父親のその激しい反応に、交渉に行った者が驚愕して何も言い返せなかったらしい。  ガンに冒された父親の残り少ない日々をいとおしむように二人で過ごしていたのだった。  それほどまでに、遥は父親と強く結びついていた。  その父親の死から癒されていない孤独な青年を自分たちの都合で拉致し、監禁してその背に刺青を施し、レイプした。  それらをすべて命じたのは、この俺だ。  裂かれるような強烈な胃の痛みに俺は吐いた。  こんな目に遭わされたのが、暁やかえでだったら?  我が子がこんな目にあったら、俺は相手を殺すだろう。  そして、今殺されるべきなのは、この俺だ。  それでも一度始めてしまったことから、俺は逃れられなかった。  これから遥は俺に何度も犯されるのだ。  何度も犯されて、そのこと自体に悦びを覚えるようにならなければならない。  遥がそうならなければ、俺は遥を一生監禁しておかねばならない。  そう。  俺は遥を調教しなくてはならない。俺と喜んでセックスするような人間にしなくてはならなかった。  遥の体が回復し次第、遥を俺が用意した部屋へ移す手はずを整え始めるつもりだった。  遥が行方をくらましたのは、移す準備を始める前日のことだった。  遥の行動は当然だと心の隅で思っていた。  こんな理不尽な仕打ちを黙って受け入れる人間はいない。  だが、そのままにはしておけなかった。  遥は既にそれまでのただの青年とは違う立場を持っていた。無論、遥はそのことを知らない。本当に何の説明もされずに、遥は証の刺青を彫られてしまったのだ。  鳳たる俺とつがいとなる凰の証を得た遥。  遥は俺と一族にとって特別の存在になった。  俺にはどうしても必要な存在だ。  しかし、遥の存在を喜ばない者たちもある。  俺は遥の気持ちに理解を示しながらも、遥をそのような危険から守らなければならない。  守るためには居場所を一刻も早く知ることが必要だ。  おそらく遥は自分の名を偽るはずだ。経歴を追究されにくい職種を選ぶだろう。そして遥にはバーテンダーとして働いた経験がある。そういう職を選ぶことは間違いない。  しかし、実際に探し始めると、それが容易でないことがわかった。  遥は非常に用心深く、頻繁に居場所を変えているようだった。  どんなに長くても4ヶ月。短い場合には一ヶ月もたたないうちに滞在した街を離れている。  もしかしたら、このまま見つからないのではないか。  俺はそう思うときがあった。  遥の居場所がわかったのは、結局二年以上経ってからだった。  やはりバーテンダーとして働いていた。  同僚の男ともめ事を起こし、その店を去る直前だった。 「直ちにお連れいたします」  そう言った俊介に、俺は「待て」と言っていた。 「もう少し身辺を調べておけ」 「とおっしゃいますと?」  俊介の反問に、俺は答えを持っていなかった。ただの思いつきだったからだ。しかし、それでは俊介は納得しないだろう。 「本当に遥はその男に身を汚されていないか、確認しておけ。もし潔白でなければ、披露目で暴かれるおそれがある」 「はい。もう一度念を入れて調べて参ります」  うなずいた俊介は俺に一礼すると、部屋を出て行った。  軽い後悔の念が胸の中に生じた。  せっかく遥を見つけたのだ。直ちに連れ戻した方がいい。  たとえ今は俺以外とセックスしたことがなかったとしても、いつどこで邪な思いを持った男と出くわすかはわからない。俺が躊躇している間に何者かに遥が凌辱されれば、すべては水の泡だ。  あるいは遥が女と恋に落ち、セックスしたとしても意味は同じだ。  しかし、俺はそれを決断できなかった。  俺が遥にしたこと、これからしようとしていることは、明らかな犯罪なのだ。  遥を一方的に汚辱の中へ引きずり込むだけの行為だ。  それをすることが、正直に言えば怖くなっていた。  あの時遥を逃げ出させず、すぐに監禁してセックスを仕込んでいたら、こんなことは考えなかっただろう。あの時はこうするほかはないのだと思い詰めていた。遥の事情も気持ちもまったく考えが及ばなかった。  しかし、期間をおいた今は、自分のしたこととしようとしていることに迷いが生じていた。  もともと俺は鳳と凰の伝説を信じていなかった。  最高の凰と呼ばれた母の子として生まれ、ずっと守護されていたにもかかわらず、俺は伝説を疑っていた。  その俺が母の死に動揺し、凰を求めてしまったのだ。  すがる者が欲しかったのかもしれない。  鳳の役を務めるには俺は素質不十分と分家衆には考えられていた。ただ、母によって支えられていたのだ。  母をなくしたあの時、母の代わりに鳳としての俺を守ってくれる者が欲しかった。その役は凰にしか務まらないのだ。  俺は凰として名指しされ、その証を与えられた青年にすがりつきたかったのかもしれない。  だが、二年余りの時を経て、俺は多少冷静さを取り戻していた。  実は、遥がこれ以上俺と関わり合わないためにはたった二つだけ手段があった。  遥が誰か女性と結婚していたら、遥は俺の追求から完全に逃れられる。正式な結婚をせぬまでも、子どもができていたら逃れられる。  正式な凰としての披露目前に法律の縛りを受けるかあるいは子どもを成していたら、それ以上のとがめ立てはできないのだ。  そのことを遥に告げることは許されない。そのことを知った後の女性との交わりはすべて不貞と同じように処置される。  ただ、俺はこれ以上、遥を苦しめることも自分の手を汚すことも嫌になっていた。できることなら、遥が逃亡の中に誰か救いになる女性を見いだして、結ばれてほしいと考え始めていた。  鳳がそんなことを望むことは間違っている。しかし、心のどこかにそれがあった。  だが、遥は居場所を変えても、女性とつき合うことはなかった。巻き込むことを恐れているのだろう、自らの状況に。  何を思ったのか、遥はある店に勤め始めてから場所を移す気配がなくなった。四ヶ月経っても、五ヶ月経ってもその店を辞めない。  ひとところに居続ければばれやすくなる。  俊介はずっと遥の動向を探り続けていてくれたが、その他の桜木の者へは別の指示を出してあった。 『分家衆による遥の探索の状況を探れ』  もし、遥が分家衆の手に落ちれば、ただではすまない。  そして今日、諒から連絡があった。 「東家の雇っている探偵が近くまで来ました」  俺は湊と則之を遥の護衛に送り、指示を出すためにいったん俊介を呼び戻した。  俊介に状況を伝え、命じた。「高遠遥を連れ戻せ」と。 ――了―― 2002/12/24

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