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Subordination――従属※

 手首を捕まれた。  尚之さんの部屋に引きずり込まれる。  床に突き飛ばされ、体を押さえ込まれる。 「ずいぶんタイミングよく現れたな、克己」 「何のことでございますか?」  俺は尚之さんの目を見上げる。 「あいつが来たときから、注意を払っていたのだろう?」 「何のことをおっしゃっておいでなのか、俺にはわかりません」 「とぼけやがって」  尚之さんの手が俺の白いシャツの前をつかみ、左右に引き開ける。糸のちぎれる嫌な音がして、ボタンが転がる音がした。 「顔色くらい変えたらどうだ。かわいげのない奴め」  唇をふさがれる。  ぞっとするが、逃げることは許されない。  自ら舌を絡めて、寒気を感じた自分をごまかす。  これから始まるひとときに俺は耐えなくてはならないのだ。  すべてをごまかしてしまえ。  何もかもわからないくらいに壊してしまえ。  尚之さんの首をかき抱き、自ら下腹を尚之さんのそこにすりつけてねだる振りをする。  早く終わるためには、早く始めてしまいたい。 「淫乱」  蔑むような口調で言われた。 「気が変わった。夜まで我慢してろ」  尚之さんが離れる。俺も身を起こす。  今済まなかったことにがっかりしたのを見られはしなかったか。  見られても誤解してくれればいい。 「その代わり、こいつがお前を慰めてくれる」  その言葉にはっとして顔を上げた俺の前に、卑猥な形のものが差し出されていた。  俺は視線をそらした。 「お前が自分で挿れるところがみたい」  笑いを帯びた声が俺に命じる。 「さっさと脱いで、いやらしい尻を見せろよ」  うつむいて唇を噛みながら、ジーンズと下着を膝の方まで下ろす。 「ほぐしてやる。ベッドに手をつけ」  言われるままだ。俺は言われるままになる。  指がそこに当てられる。潤滑剤とともにすぐに滑り込んでくる。 「昨夜やったばかりだから、まだよく開くな」  うごめくものを意識して、俺は呻きそうになる。唇を更にきつく噛んでそれを我慢する。中を弄りまわされて、感じさせられて、俺の体は勝手に熱くなる。 「今や穴をちょっと弄っただけでこのざまか」  体が震えている。 「お前がこうなるまでにずいぶんかかった。たった二ヶ月やそこらでは、今日の披露目は失敗するだろうな」  指がいきなり引き抜かれた。  ふらついた。 「さ、自分でなめてから挿れろよ」  鼻先に突き出されたものに唇を開く。奥まで押し込まれてむせそうになった。  俺はなめる。できるだけ卑猥に見えるように舌を絡め、ときどき口から出し入れして。  これはただの物だ。ただの淫具にすぎない。  たっぷりとなめてから、それを下に持っていく。  おなじことだ。  人の体は一本の管だ。  口に入れた物をそこから体内へ挿れることも、大した違いはない。  俺はそう言い聞かせながら、それを押し込んでいく。  広げられたままになる体を強く意識する。 「抜けないようにこれを履け」  ゴムのような変な材質のブリーフだ。  俺はそれを身につける。  下腹部から尻を締め付けられる感覚と同時に、挿入してある物がよりいっそう中へ押し込まれる気がした。  尚之さんが笑った。 「こうしておけば、凰様が鳳様に可愛がられている間、お前も同じような感覚が味わえるだろう? まるでご当主に挿れられているみたいな気持ちになれるぞ。うれしいだろう、克己」  俺は顔をしかめずにはいられなかった。  何かにつけてこの方が隆人様のことを持ち出してくるのが我慢ならない。  しかし、俺はそれを抑え込む。そう思うのならそう思わせていればいいことだ。 「さすがにリモコンバイブにはしなかった。そうしてもいいが、他の好き者がそれを使っていたら、広間中がとんでもないことになるからな」  よくそんな下品なことを思いつくものだ。  これで西家の跡取りだというのだから、笑える。  もっともこんなことをされている俺も跡取りなのだから、もっとどうかしている。  はだけたシャツをかき合わせて、俺は自分の部屋に帰る。  歩くと足の運びで微妙にそれが動いた。動くたびに思わず締め付けてしまう。  本当に、犯されているときのようだ。  何とか自室に入ると鍵をかけた。そしてベッドに倒れ込む。  抜いてしまいたい。  だが、抜いて披露目に出ることはできない。披露目の直前か直後、尚之さんは俺がこれをきちんと挿れているかどうかを点検なさるだろう。  俺は二の腕を抱きしめる。  呪わしい体。  尚之さんとそのご友人に代わる代わる犯された体。  泣き叫んだ口に突っ込まれる猛る男のもの。  死ねるものなら、死んでしまいたかった。  だが、ずたずたにされたプライドよりも、綾の方が大切だった。 『女は処女性が重要だからな。わざわざ綾ではなくお前で我慢してやってるんだから、ありがたがれよ。もっとよろこんで尻を振れ。俺にしてもらってうれしいと泣けよ、克己』  はっとして目を開けるとベッドの上だった。  うとうとしてしまったらしい。  もう着替えなければ間に合わない。  俺は体の中のものを意識しながら、ベッドを降りた。  着替えがすんで、俺は自分の髪を簡単にブラシで整える。  その時、ドアがノックされた。 「克己様、おいででございましょうか」 「いるよ」 「そろそろお時間でございます。大広間へお運びくださいませ」 「わかった」  俺はブラシを置いて、部屋を出た。  昨日、俺は今日の主役にあった。  とても女性めいた顔立ちは、愁いを帯びている。  なのに隆人様に口答えするときだけは挑みかかるようで、激しかった。  あの人は、隆人様にその身を奪われた。  俺がされたのと同じように、なぜ自分がそんな目に遭うのかもわからないまま、男の欲望の前に身を汚された。  そのことを恥じているようには見えなかった。  怒っているようにも見えなかった。  もうそんな段階はとうにすぎてしまい、同性とのセックスを受け入れてしまったように見えた。  そのセックスで悦ぶことも、悦ばせることも当然と受けとめているように見えた。  なぜ?  あの人も男とセックスするような者ではなかったと聞いている。  それに、長く隆人様のもとから逃げ出していた方なのだ。  それなのに、なぜ今は平気なのだ。  どうやってそこまで行けたというのだ?  俺はいまだにこんなに苦しんでいるというのに。  相手が隆人様だから、なのだろうか。  大広間では、座る場所は決まっている。  加賀谷西家は、広間の西側の一番前。俺は東側の一番前だ。  既に座っていた父に責めるような目で見られた。 「遅いぞ、克己」 「申しわけございません」  俺は辺りを見回してから訊ねる。 「綾は?」  父ににらまれた。  当然か。  父は綾を隆人様の凰にしたかったのだ。それが結局かなわなかったのだ。  確かに綾にこんな前で男同士のセックスなど見てほしくはない。 「さっさと店を畳んで戻ってこい」  突然父が耳元にささやいた。 「お前がよけいなことをしている間に、西家の乱暴者が威張ってかなわん。知恵が足りない者に権力を与えるとろくなことにならないからな」  俺は目を伏せる。  あなたの息子はその乱暴者に逆らえない状態です。何度も手込めにされて、今も命ぜられたとおりに淫具を体に挿れてしまうくらいに。 「あの馬鹿は何でも凰様が住まわれているご当主のマンションを襲撃させたそうだ」  その話は聞いている。 「桜木が守っていて、たやすく亡き者にできるわけはなかろうに。そんなこともわからん」  どきっとした。  今まで思い出すまいとしていた顔が突然浮かんだ。  俊介。  俺をにらんでいた。昨日、故意にあの人を傷つけた俺を、俊介は突き刺すような目で見ていた。  お前はいい。  お前は家をなくしたぶん、隆人様だけを見つめていられる。隆人様の御為《おんため》に働くことができる。  俺のように家のしがらみに縛られる者には、今のお前はうらやましくさえある。  そんなことをお前が聞けば、激怒するだろう。  だが、それが俺の気持ちだ。  しがらみに絡め取られて、息も絶え絶えになっている俺からすれば。 「克己、聞いているのか」  小声で父に叱責された。 「申しわけありません」 「そうやってお前が隙を見せるから、ますます増長するのだ」  その時、隣に西家の者達がやっと現れた。尚之さんもおいでだ。  分家衆一である以上、他の分家より先に来られるかと考えていらっしゃるらしい。  西家の当主尚武様が父に声をかけてきた。 「東家の方はもうおいででしたか。これはお気の早い」 「遅れるよりは早い方がよいでしょう」  父が答えた。 「楽しみで待ちきれなかったのではございませんか」  品のないちゃかしを尚武様の後ろから尚之さんが言った。  父の顔を見なくてもわかる。  苦虫をかみつぶしたような顔をしているはずだ。  尚之さんは俺を押さえているために、あくまでも強気だ。東家などつぶせるとお考えなのだろう。  悔しい。  せめて綾が早く加賀谷の一族から出てくれれば、まだ俺も動きようがあるのだが。 「次の凰様は大変な美人だそうだから、本当に楽しみですしねぇ」  父を辱めるように尚之さんが更に言う。  殴ってやりたい。  なのに、俺はあの男の命令で体の中に淫らな道具を挿れているのだ。  昨夜もあの男のベッドに引きずり込まれて、今夜もやはり犯されるのだ。  一番殺されるべきは、そんなことを受け入れている俺か?  その時、舞台の上に披露目司をつとめる泉谷家の宣章さんが姿を見せた。  恭しく頭を下げると、広間全体に呼びかけられた。 「皆々様、お時間にございます」  ついに、披露目は始まったのだ。 ――従属 了―― 2002/01/11 注)自サイトからの転載にあたり、尚之の継承を「様」から「さん」に改めました。

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