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COMPLEX――湊の思い  1.主

 遥様が真面目な顔を寄せてこられた。どきどきする俺に小声で言われる。 「なあ湊、『色の白いは七難隠す』って知ってるか?」  俺が首を振ると、遥様が優越感に満ちた表情で「駄目だなぁ」とおっしゃった。 「色が白いと欠点が隠れて得だって意味だ」 「なるほど」  遥様は胸を張られた。 「俺なんかその典型だよな。隆人に『黙っていれば美人で通る』と言われるのも、色が白いからだぜ」  隆人様の意図はそうだろうかと心の中で首を捻る。遥様は俺からは視線を外された。 「子どもの頃は『色が白くて女みてぇ』とからかわれてすっげぇ不愉快だったけど、俺がこんなじゃなけりゃ湊たちとも出会わなかった。そう考えるとやっぱり色白でよかったんだな」  うなずきながらそう仰るごようすは、何だかご自分に言い聞かせておいでのような気がした。思わず目を伏せてしまう。 「で、話は変わるけどさ」  口調ががらっと明るくなられた。俺の耳元に顔を寄せられるので、また鼓動が速くなる。 「俊介が隠している七難て、何だと思う?」  思わず噴きそうになった。笑ってしまいそうな口元を心持ち手で隠し、言葉を濁す。 「確かに兄はたいそう白うございますが、難をわたくしの方から申し上げるのは、いささか不都合が……」  遥様がうんうんとうなずかれた。 「そっか。お前だと当主の悪口になっちまうかな。俺としては隆人に対して馬鹿かというくらい従順なところとか、がちがちに融通の効かない石頭とか、どうしようもない奥手で下ネタの気配だけで赤くなっちまうようなガキっぽいところとか――」 「自分に関するよからぬ話題を察知して、気配を殺して近づくところ――などはいかがですか?」  背後からの声に遥様も俺も体が硬直した。おそるおそる振り返ると、兄貴が見たこともないようなにこやかな顔で立っていた。だが、その目は笑っていない。 「お、驚かすなよ」  遥様が焦っておいでだ。そのごようすに思わず笑みが浮かびかけた俺は、次の兄貴の行動に息が止まった。  兄貴は遥様の前に両手両膝をついて平伏した。 「欠点の多い従者は主の疵。ご不興を買いつつお仕えするのはまことに申し訳なく存じます。どうか隆人様にわたくしを返すとお申し出くださいませ」  遥様が息を飲んだのがわかった。 「何とぞお願い申し上げます」  迫った兄貴に遥様が乱暴に言い放たれた。 「やなこった!」  そう投げつけた遥様が兄貴の前に膝をついた。顔を伏せ続ける兄貴の胸倉をつかんで引き起こされると一気にまくしたてられた。 「俺の難点にはへそ曲がりってのがあるんだ。あとな、気に入っているものはからかうってのもな。お前は難点だらけの俺に仕えろと隆人に命じられたんだろう? そのくらい我慢しろ」  兄貴が複雑な表情を浮かべた。強いて言えば泣き笑いのような表情だ。それを見た遥様の表情も揺らいだ。 「そんな顔するなよ。お前のその堅苦しいところは本当は欠点じゃないんだぞ」  困ったような顔で兄貴の胸倉から手を放されると、遥様はそのままその場に座り込まれた。 「俺は加賀谷のことも隆人のこともわかっていなかった。初めはわかりたくもなかった。でも他人に――お前にそこまで惚れ込まれ、尊敬されている相手だから、根っからの悪い奴じゃないって思えてきたんだからな」  兄貴が驚いたようにわずかに目を見開いた。遥様は照れ隠しなのか兄貴の方は一切見ずに、がりがりと乱暴に頭をかかれる。 「それに真面目なお前がいなけりゃ、湊だって他の連中だって俺みたいな奴もてあますと思う。お前が俺と距離を保つからこそ、他の連中はその距離の間でうまく立ち回ってるんだ。基準がなくなったら、俺もみんなも困っちまう。お前がいるから、湊と馬鹿話ができるんだ」  顔を上げた遥様は口をとがらせて言った。 「第一お前がいるから隆人も俺みたいな奴を凰にしておけるんだぜ。俺に言いくるめられちまうような隙、お前に限ってはありえないからな」  兄貴の白い頬に赤みが差した。姿勢を正すと、再び深く頭を下げる。 「お許しいただけるのでございますか」  兄貴の頭を困惑気味に見下ろす遥様の顔も赤い。 「許すも何も、俺の方が許されたいくらいだ。お前みたいな奴に側についていてもらえて安心していられるんだから。だからずっと俺の側にいろ」 「ありがたき幸せにございます」 「約束したからな。もう自分を遠ざけろなんて言うなよ」 「――かしこまりました」  うなずいた兄貴の横顔は何だか泣きそうに見えた。遥様も優しい目で兄貴を見つめ返していらした。  俺は兄貴に嫉妬する。そこまで遥様に必要としてもらえることが妬ましい。  でも俺は兄貴のように振る舞えない。兄貴と入れ替わりたいと思ったこともない。桜木の当主は家の宿命をすべて負わなくてはならない。そこまでの覚悟は俺にはない。そしてそれに耐えられるからこそ、兄貴は隆人様の信頼を得ることができ、遥様からも頼りにされるのだ。いくら妬んだところで、兄貴の域には到達し得ない。  しばらくして遥様に呼ばれた。御用を承ろうとした俺の胸倉を遥様はつかんで引き寄せられた。耳元をささやきにくすぐられる。 「お前はお前だ。俺の周りの連中みんなが俊介のコピーになったら、息ができない。いろんな奴が周りにいてくれるから俺は幸せなんだぞ。忘れんなよ」  そう言ってから俺の顔をのぞかれた遥様はいたずら小僧のようににっと笑っておいでだった。  従者一人ひとりのようすに気を配り、フォローができる遥様は既に見事な凰であり、素晴らしい主だと思う。  良い主を持てるか否かで、従者の運命は変わる。従者の命を握っているのは主で、それを残酷に散らすこともできる。その逆にお仕えする喜びを授けてくださる方もいる。 「ありがとう存じます」  俺は万感の思いを込めて遥様に頭を下げた。 「何だよ。それじゃまるで俊介だ。お前はあそこまで固くないのがいいところだからな」  拗ねた口調はまるで子どものようだが、その内面は決して幼稚ではない。  (だから安心してお仕えできる) 「わかったよな」  念押ししながら上目に俺をご覧になる。 「承知いたしました」  俺はこみ上げてくる微笑みを隠すために深く頭を下げた。

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