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(5)犬嫌い

 下絵が順調に完成し、デザインカッターで切り始めると、もう紫之は止まらなかった。  鋭人に会うならば新作を見せたい。  光が帰って来たのにも生返事で、ひたすらカッターで下絵の線を追う。 「――の、しーのっ、晩ご飯!」  いつの間にか開けられたドアを強くノックされて我に返った。  うろたえて立ち上がりかけ、ふらついた。 「しのっ」  光が駆け寄ってきて、抱きしめてくれた。 「立ちくらみ起こすなんて、どれだけ長い時間根詰めてたんだよ」 「ありがと光、もう大丈夫」  でも光は放してくれなかった。 「こんなに痩せてるのに、昼ご飯食べてなかったぞ。パジャマのままだし」 「ああ、忘れてた。薬も飲むの忘れちゃった」 「薬なんて、後から飲んだっていい。とにかく食べなくちゃ」 「うん。もう大丈夫」  やっと抱擁が解けた。  光の視線が机に行った。 「またケルベロス切っていたのか」 「うん」 「犬、怖いくせに」  からかいに紫之は口を尖らせた。 「誰だって六歳でドーベルマンに追いかけられて足首噛まれれば、犬嫌いになるよ」 「甘噛みだったって言われてたじゃないか」 「甘噛みじゃなきゃ、足の骨砕かれてたよ」 「そんなに嫌いなのに、ケルベロスは好き?」  ちゃかしに、紫之は首を振った。 「あの時、僕の上に乗った犬を下から見上げて、口が迫ってくるのを見つめていたとき、これは地獄の犬だと思ったんだ。地獄から僕を食べに来たんだって……」 「あの後、大変だったんだから。しのは悲鳴を上げて気を失って、飼い主と母さんが血相を変えて飛んできて、しのを病院に運んでさ」 「そこは覚えてないや」 「俺はしのが死んじゃうと思って、パニック起こして――」  光が少し笑った。 「すごく興奮した」  紫之は口を尖らせて責めた。 「光が犬をからかうから追いかけられたのに」 「ドーベルマンに興味あったんだ。仕方ないだろう。犬の気持ちが知りたかったんだよ」 「あの時のせいで今もちょっと歩きにくいんだけど」  紫之は上目に光を軽くにらむ。  光の手が髪を撫でた。 「晩ご飯食べよ、な?」  光に手を繋がれてダイニングへ向かった。

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