5 / 8
(5)
オーガンジーのリボンで遊んだ次の日のことだった。
「明良!」
「兄様?」
兄と弟は昼休みに偶然学校で会った。人目がなかった。だからキスをした、舌を絡めるキスを。もはや成良と明良にとっては挨拶だ。
「またね」
「ああ、家で」
「おい、清川」
予習のノートから目を上げると、時任 衛 が怖い顔をして立っていた。
「何?」
「後で話がある。放課後、教室に残ってくれ」
時任とはほとんど話したことがない。理由が思いつかなかった。
数学の授業の後、担任の小早川に成良は呼ばれた。
「進路の面談、終わっていないのは君だけなんだが、お父さんはお忙しいのか?」
成良は眉を少し寄せて首をかしげた。
「父は多忙でほとんど家には帰ってきません。連絡を取るには前にお渡しした名刺、マネージャーの田口に電話をしてください」
小早川が目を丸くする。
「家に帰られていないのか?」
「ええ、僕が連絡を取りたいときも田口に電話するんです。父はケータイやスマホを持ち歩かないので」
「それじゃ、寂しいだろう」
成良は笑顔になった。
「僕には弟がいますから。それに父は母の面影のある僕や母そっくりの弟の顔を見るのが、やはり辛いのだと思います」
小早川が肩に手を置いた。
「困ったことがあったら、何でも相談しなさい。内容によってはお父さんに意見もする」
「ありがとうございます」
「私から田口さんに電話させてもらう。お父さんの予定がついたら面談しよう」
そこで小早川が苦笑した。
「ま、すべての志望校がA判定だから何の問題もないが、お父さんの意見も聞いておかないといけないからな」
「はい、お手数をおかけして申し訳ありません。よろしくお願いします」
頭を下げた成良は、唇を歪めて笑んだ。
高三の秋ともなると皆受験体制で、放課後は教師がついてくれる自習用の教室か、下校して塾や予備校に行ってしまう。
すぐに成良と時任の二人だけになった。
「話って何だ?」
成良が訊ねると時任は我慢できないといった顔で問い返してきた。
「昼休みの、あれは何だ?」
「あれ?」
「中等部の生徒と――キスを」
「弟だけど? のぞき見してたのか?」
時任の顔が赤くなっている。
「お前は弟と、あ、あんないやらしいキスをするのか?」
「キスにいやらしいも何もないだろう。お前だってしたことくらいあるだろう?」
時任が詰まっている。
「あ、あんなディープなキスを普通弟とするか? それにうちのクラスの奴に、お前の弟と、その――」
「お前も、弟にあいたいのか?」
「違う!」
時任が殴りかかってきた。それをよける。机や椅子が床をずれる音がした。
「実の弟と学校でディープキスをして、同級生に抱かせているお前が赦せないだけだ」
成良は、時任が理屈先行の正義漢ぶったタイプだったのを思い出した。机の間を逃げ回る。
「弟とキスをして何が悪い?」
「近親相姦だぞ」
「キスしかしていないぞ。勝手に想像で腹を立てているんじゃないか?」
「春日がお前の弟とセ、セックスしたと言っていたぞ」
「言っていたから何? 俺だって弟をずっと見張ってるわけにはいかないんだ。春日がレイプしたなら、明良が俺に言う。言ってこなかったから、春日の嘘か、明良が同意したんだろう」
「同意って、まだ中三だろう?」
成良は時任の胸元に入り込み、ゼロ距離で言った。
「親のいないわが家では、自分で自分を管理しないと駄目なんだよ、体も、精神も」
時任が尻もちをついた。
「そんなに明良のことが気になるなら会わせてやるよ。着いてこい」
時任は断らなかった。
ともだちにシェアしよう!