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 オーガンジーのリボンで遊んだ次の日のことだった。 「明良!」 「兄様?」  兄と弟は昼休みに偶然学校で会った。人目がなかった。だからキスをした、舌を絡めるキスを。もはや成良と明良にとっては挨拶だ。 「またね」 「ああ、家で」 「おい、清川」  予習のノートから目を上げると、時任(ときとう)(まもる)が怖い顔をして立っていた。 「何?」 「後で話がある。放課後、教室に残ってくれ」  時任とはほとんど話したことがない。理由が思いつかなかった。  数学の授業の後、担任の小早川に成良は呼ばれた。 「進路の面談、終わっていないのは君だけなんだが、お父さんはお忙しいのか?」  成良は眉を少し寄せて首をかしげた。 「父は多忙でほとんど家には帰ってきません。連絡を取るには前にお渡しした名刺、マネージャーの田口に電話をしてください」  小早川が目を丸くする。 「家に帰られていないのか?」 「ええ、僕が連絡を取りたいときも田口に電話するんです。父はケータイやスマホを持ち歩かないので」 「それじゃ、寂しいだろう」  成良は笑顔になった。 「僕には弟がいますから。それに父は母の面影のある僕や母そっくりの弟の顔を見るのが、やはり辛いのだと思います」  小早川が肩に手を置いた。 「困ったことがあったら、何でも相談しなさい。内容によってはお父さんに意見もする」 「ありがとうございます」 「私から田口さんに電話させてもらう。お父さんの予定がついたら面談しよう」  そこで小早川が苦笑した。 「ま、すべての志望校がA判定だから何の問題もないが、お父さんの意見も聞いておかないといけないからな」 「はい、お手数をおかけして申し訳ありません。よろしくお願いします」  頭を下げた成良は、唇を歪めて笑んだ。  高三の秋ともなると皆受験体制で、放課後は教師がついてくれる自習用の教室か、下校して塾や予備校に行ってしまう。  すぐに成良と時任の二人だけになった。 「話って何だ?」  成良が訊ねると時任は我慢できないといった顔で問い返してきた。 「昼休みの、あれは何だ?」 「あれ?」 「中等部の生徒と――キスを」 「弟だけど? のぞき見してたのか?」  時任の顔が赤くなっている。 「お前は弟と、あ、あんないやらしいキスをするのか?」 「キスにいやらしいも何もないだろう。お前だってしたことくらいあるだろう?」  時任が詰まっている。 「あ、あんなディープなキスを普通弟とするか? それにうちのクラスの奴に、お前の弟と、その――」 「お前も、弟にあいたいのか?」 「違う!」  時任が殴りかかってきた。それをよける。机や椅子が床をずれる音がした。 「実の弟と学校でディープキスをして、同級生に抱かせているお前が赦せないだけだ」  成良は、時任が理屈先行の正義漢ぶったタイプだったのを思い出した。机の間を逃げ回る。 「弟とキスをして何が悪い?」 「近親相姦だぞ」 「キスしかしていないぞ。勝手に想像で腹を立てているんじゃないか?」 「春日がお前の弟とセ、セックスしたと言っていたぞ」 「言っていたから何? 俺だって弟をずっと見張ってるわけにはいかないんだ。春日がレイプしたなら、明良が俺に言う。言ってこなかったから、春日の嘘か、明良が同意したんだろう」 「同意って、まだ中三だろう?」  成良は時任の胸元に入り込み、ゼロ距離で言った。 「親のいないわが家では、自分で自分を管理しないと駄目なんだよ、体も、精神も」  時任が尻もちをついた。 「そんなに明良のことが気になるなら会わせてやるよ。着いてこい」  時任は断らなかった。

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