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梅雨に入る前の初夏の日差しの中、明嗣は一週間ぶりに店を開けた。
雑貨屋 Les Restes は毎月一週間の定休をとる。常連はそれをわかっていて、連休明けの午前中はおしゃべりしに来るだけの客が多い。稼ぎにはならない客にも明嗣は丁寧に接して、たわいない話の中からも仕入れのヒントを見つけ出すようにしている。
そんな客がはけての午後二時前、そろそろ昼食を取りたいと考えていた時、遠くから騒いでいる人の声が聞こえた。それはだんだん近づいてくる。
『おい、待てよ、兄ちゃん!』
『そんな匂いさせてただで済むと思ってんのか?』
『そっちからぶつかってきて誘ってんだろう? やらせろよ!』
品のない声が次々耳に飛び込んでくる。
店の入り口に立つと、この間の長身の青年が必死の形相で駆け込んできた。
「助けて!」
転びかけ、明嗣に縋って見上げる灰色の瞳が潤んでいる。その体からは甘い大輪の白百合に似た強烈なオメガのフェロモン臭が発しており、入り口からの風で一気に店内に充満した。そして視線を後ろにやれば下卑た顔で遅れて追いかけてくる四人の男たち――
(この子は俊足だ)
激しく息を乱した青年はずるずると座り込んでしまった。
明嗣は男たちに笑顔を投げてドアを閉めると、鍵をかけドア下部のアンティークのフランス落としをがっちりと掛けた。さりげなく隠し錠も掛ける。
「おい、開けろ!」
ガラスをはめ込んだ木のドアが激しく叩かれる。
「一人で楽しむ気か?」
「開けないとぶち破るぞ」
騒ぐ男たちに向かって、OPENだった看板を裏返してCLOSEDにすると、にっこり笑って軽く指を振りカーテンを引いた。
男たちはドアノブをガチャガチャさせたり、ドアを蹴ったり、あげくは窓ガラスに何かを投げつけたようだが、店内には何の影響もない。
明嗣は身をかがめると、うずくまってがたがた震えながら喘いでいる青年を包むようにそっと腕を回した。
「怖い思いをしたね。でも大丈夫だよ」
「迷惑かけて、ごめん。ここしか思いつかなくて――」
瞬きする睫毛に雫がひかっている。明嗣は背を撫でた。
「いい判断だったと思うよ。立てる?」
いまだ外で騒ぐ男たちの声がする度すくみ上がる青年はふるふると首を振った。
「じゃ、ちょっと失礼」
明嗣は青年の背と膝下に腕を差し込むと、そのまま抱き上げて立ち上がった。
「あっ」
驚いた青年が首にかじりつく。
(思ったより体重軽いな)
そんなことを思いながら明嗣は、自分より少し背の高そうな青年をお姫様抱っこしたまま階段を上がった。
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