4 / 18

(4)

 二階は明嗣の私室だ。台所に居間兼寝室、バスルーム等に、帳面類を並べた書棚やパソコンを置いた机のある仕事場となっている。片付き具合は、今日はほどほどだ。  雑然とした中に自己主張するように大きなダブルベッドがある。生成りのカバーを掛けたそれへ青年を下ろした。  青年が明嗣の腕に縋った。 「頼む、抑制剤をくれないか」  明嗣は首をかしげて見せた。 「自分のはどうしたの。ヒートが来るとわかっていたら持って歩いていたんじゃないの?」  青年が泣きそうな顔をした。 「ヒートは先週終わったばかりだったんだ!」  そのままうなだれて、明嗣の腕からずるりと手が落ちた。が、すぐに彼は自らの二の腕をきつく抱きしめた。その手も体も小刻みに震えている。熱い呼吸が唇からあふれ、アルファどころかベータさえ誘うであろう香りが放たれている。 「こういうのは他人に渡していいものじゃないんだけどね」  発情抑制剤は医師の処方箋があって初めて処方される薬だ。当然処方された本人のみが使用する。そのことはオメガである以上、青年もよくわかっているだろう。  が、明嗣は小タンスから出した薬を青年に差し出した。 「これは小容量で短時間しか効かない。それでもいいかな」 「ありがとう、ございます」  青年が抑制剤を接種している間に明嗣はキッチンで湯を沸かし始めた。  抑制剤は即効性だ。青年の乱れていた呼吸が落ち着き、体をきつく抱きしめていた腕がほどかれた。 「発情期の周期が乱れることは今まであった?」 「大学に入って一度。それまでは乱れたことなかったのに」  青年は悔しげに答えた。明嗣は飲み物の仕度をしながら、青年の苛立ちを紛らわすように言葉を返す。 「女性の生理だって精神的理由でずれるというから、ヒートが多少ずれても――」 「俺はそんなに弱くない!」  青年の色の淡い目が怒りにも似た光をたたえていた。その眼差しからは、さっきまでヒートの衝動にのたうち回りそうだった可愛らしい姿は想像がつかない。  静かに明嗣は諭した。 「それなら精密検査を受けた方がいい」 「学費と生活費でぎりぎりなのに、検査費用なんて……」  青年はベッドの上でうつむいた。

ともだちにシェアしよう!