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 その男は深夜に現れる。  事前にその連絡が入ると、彼は世話係と外から来る別の男に押さえつけられ、男を受け入れるための仕度をさせられた。そしてベッドに拘束された。  すべてが整えられた頃合いに男が訪れ、寝室で二人きりになる。  無駄なあがきとわかっていてもいつも彼は顔を背け、できるだけ男から離れようとした。  男はため息をついては彼の顔を掴んで自分の方を向かせ、わざとらしい困惑したような眼差しをよこす。  そんな男の態度に、彼は虫酸が走った。  しかし、いくら抵抗したくても、それ以上の抵抗はできない。結局は男の望むまま男の欲望を受け入れることしか許されていない。  寝室には、うめき声が満ちていた。  いやらしく響く濡れた交合の音と、男の荒い息づかいがそれに重なっている。  彼は背後から男に犯されていた。舌を噛んだりしないようさるぐつわを噛まされ、両手首は毛皮を巻き付けた柔らかな手錠でベッドのヘッドボードに繋がれている。  男に突き上げられては、彼は呻いた。苦痛のためだけではないのは明らかだった。  呻きが甘くかすむのは体の奥に塗り込められた薬のせいだ。彼の意思とはまったく関係なく攻められて燃え上がる。  動物のように抑えつけられて、それを男の手で塗り込められる屈辱は、彼にいつも激しい怒りを与えた。だが、すぐに体の芯からわき起こるとろけるような感覚に翻弄される。  そうなれば癒やされる方法は一つしかないと、覚えさせられた。男のそのそそり立ったものにめちゃくちゃに突かれ抉られることでしか満足できないと、叩き込まれた。  彼の体は男を欲しがる、彼は望んでいないのに。  自分を裏切る体に、彼はいつも悔しくて泣いた。泣くことしかできなかった。一切の抵抗を封じられ、男の前に尻をさらけ出されて、犯されるのだ。他にどうしろというのだ。  泣きながら、自らの快楽の証をシーツに上に散らし、体の奥に吐き出される男の精を受けとめた。 「遥……」  男が彼の名を呼んだ。  寝室で犯され、風呂場でもう一度犯された後にもどってきた寝室は、世話係の手によりきれいに片づけられている。その中にある大きなベッドの上で、遥は男の胸に寄り添わされ、肩を抱きしめられている。その手がおぞましい。  遥は男から顔を背け続ける。その時もまだ両手を体の前で拘束され、口にもさるぐつわがはめられたままなのだ。 「お前がもう少し私になじんでくれれば、今のような厳しい監視はしないですむ。儀式が済めば外へ出かけることも許そう」  男の手が体を這うと、寒気がした。完全に薬の切れた体は、男をはっきりと拒絶している。 「私もお前にこんなことはしたくない。うまくやっていきたい」  男は遥に自分を受け入れろと言う。喜んで体を差し出せと言う。男を体に受け入れて悦べ、悶えて、ねだれ――そう言っている。 (そんなことできるか。俺の一生をめちゃくちゃにしているくせに。誰がお前なんかに) (たとえ体を薬で飼い慣らされたとしても、心まで捧げろというあんたは許せない) (俺に父さんとの約束を破らせて)  顔を背け続ける遥の耳に、男の深いため息が聞こえた。 「私がお前にしたことは、確かに許されないことだ。だが、お前が必要だった。これからも必要だ。お前を手放しはしない。ずっと守っていく」 (そんなこと俺が知るか。あんたたちの都合なんか、俺には関係ない)  心の中の罵りは、男に聞こえるはずはない。だが、頑な遥の態度は言葉よりずっと雄弁に心の内を男に伝えている。  もう一度男はため息をついた。  男が着替えて出ていった。  入れ替わりに、世話係の男が入ってくる。下着やパジャマなどを用意し、遥の拘束を外した後は遥が着替えるまで寝室を出て行かない。  実験動物だと思う。  体を弄りまわされ、観察される以外には生きている価値のない実験動物だ。  遥は着替えるとベッドへ戻り、毛布をかぶった。  寝室のドアが静かに閉まる音がする。  毛布をかぶってしまえば、とりあえず監視カメラで泣き顔は見られない。声は聞かれるだろうが、それはいつものことだ。  毛布の中で、遥は声を上げて泣いた。本当に泣くことしかできない。遥は何も許されていない。すべてを奪われ、何もできないのだ。

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