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父の病気が表沙汰になり仕事を休みがちになると、会社は容赦なく父をクビにした。
「労働組合とかないのか?」
憤りに震える遥の手を父が撫でた。
「仕方ないよ。どこの会社も人件費はぎりぎりまで詰めているから。内職でも探すよ」
そう言った後で父が申し訳なさそうに続けた。
「もっと安いアパートに引っ越してもいいかな。銭湯通いになると思うけど」
「俺はかまわない。父さんはいいの?」
よほど体調が良くなければ風呂には入れなくなる。
「若い時から貧乏には慣れているから大丈夫」
そう父が笑うので遥が引っ越し先を探した。
父が遥の大学進学を強く望んでいたため、今はそれなりの金銭的余裕はある。その余裕のあるうちに、二人分の布団を引いてほとんどいっぱいくらいの狭さの部屋に移った。
お粥を食べながら父が言った。
「また遥と手が繋いで寝られる」
珍しい父の冗談に遥も笑った。
いくら家賃が安いとは言っても父の収入がなくなった以上、生活を切り詰めつつ、遥が何とかしなくてはならない。
「大学はやはり無理なんじゃないかな」
おそるおそる切り出したが、父はにべもなく「諦めては駄目だ。大卒と高卒では全然待遇が違うんだから」と絶対に譲ってくれない。遥も観念し、誓う。
「全力を尽くすよ」
「うん」
父の信頼には応えなくてはいけない。その甲斐あって、遥は通える範囲の公立大学に合格した。
「おめでとう、遥」
一切れのケーキを間に、そう言う父の方がうれしそうだった。
「ありがとう、父さん。応援してくれたおかげだよ」
父の心からの笑顔に遥はほっとしていた。こんな明るい表情はずっと見たことがない。
「俺、頑張るからね」
「うん、父さんもできる範囲で頑張るよ」
洗濯などは体調を見ながら父がやってくれる。父の食事は遥が毎朝一日分を用意することに決めた。
後はとにかく働いて現金を手に入れることだ。少しでも割のいいアルバイトを探していて行き着いたのが、夜の仕事だった。
そこで遥は講義のない時間を大学図書館での勉強に充てて、夜はバーテンダーの見習いとして働き出した。
「水商売なんてやめた方がいい」
アルバイトの話を持ち出した時、案の定父が反対した。しかし、同じ夜間のアルバイトでも他のバイトと時給が違う。遥にしては珍しく粘ってみた。
「大学は絶対に休まないから。単位も落とさない。約束する。いいだろう、父さん?」
「本当か?」
「本当だよ」
「遥にはかなわないなぁ」
苦笑いを浮かべて父は許してくれた。その目が哀しげだったのに、遥は気づいていた。原因が自分の病気のせいだと父は思っているのだろう。
「大丈夫。大学は休まない。留年もしない」
遥が手を握って誓うと、父の口元がほころんだ。
いざ働きだしてみるとオーナー兼マスターに「筋がいい」と誉められた。誉められればやる気も出る。それに新しいカクテルを覚えるのも、シェーカーを振るための筋トレも新鮮だった。
マスターは遥のやる気をかってくれて、練習用にシェーカーを貸してくれた。中に米を入れ、持ち歩いて暇があると振る。大学でやっていると注目を浴びたが、それも練習のうちだ。
朝、大学に出かける前には腕立て伏せをする。それを布団の中から父が今日も見ている。
「楽しそうだな」
「楽しいよ。大学と、同じくらい」
百回をこなして、ふうっと息を吐いた。額の汗を拭う。父が笑った。
「大学より楽しいと言ったら、バイトは辞めさせるつもりだったよ」
そんな冗談が出るほど父も小康状態で安定していた。
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