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逃げ始めて半年――
やっと遥は背中を確かめようという気になった。それまでは見ることが恐ろしかったが、ようやく覚悟ができた。
初夏のその日は休日で、寮代わりのアパートの同室の男はデートに出かけてしまい、遥は一人だった。
汗をかいたから、シャワーを浴びる。それだけだ。そのついでにちらっと見るだけ。
そんな言い訳を考えている自分に苦笑しながら、手鏡を持って洗面所へ入る。
洗面台の鏡に背を向け、手に持った鏡で背後の鏡に映った自分の背中を見た。
遥は、目を疑った。
そこには、何もなかった。
ただ色白の遥の背中が映っているだけだ。
そんな馬鹿な――
あの時、確かに遥は背中に針を刺された。その痛みは確かに背中全面に及んだ。夢などではない。あれは現実だった。
わからない。あれは、いったい何だったんだ?
混乱する頭を整理しようと、遥は熱いシャワーを浴びた。フェイスタオルで体を拭く。
その時、ふと何かが視線の端をよぎった。
洗面台の鏡を振り返る。
息が、止まった。
慌ててさっきの手鏡を持ち、もう一度確かめる。
間違いない。
遥の背には、白い鳳凰が舞っていた。
(何だ、これは?)
すぐさま近所にある図書館へ行った。そしてついに「化粧彫り」という単語にたどり着いた。
『普段は隠されており、当人の体が上気した時のみ現れるため、隠し彫りとも言われる。絵の具の代わりにその肌色に合わせた白粉が用いられる――』
あの時、遥が犯されたのは遥の体をほてらせ、鳳凰を浮かび上がらせるためだったのだ。
男に貫かれたまま、数え切れないくらい上り詰めさせられたのは、彫り師が最後の仕上げを施すためだった。
帰って来た遥は気がつくとその場に両手両膝をついていた。
これは絶対に隠し通さなければならない。
当たり前の刺青ならば誰かに見られても、若気の至りとでも言って言いくるめられるだろう。
しかし、この鳳凰は異常だ。特別の意味があるとしか思えないし、見た人もそう思う。
(なぜ俺がこんなものを負わされなくちゃならない?)
唇を噛みしめる。
絶対に許さない。
理不尽な暴行の痕に、いっそうあの男達への憎しみが募っていった。
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