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あの後、意識を取り戻した時にはベッドに拘束されていた。
現在の状況を受け入れ、精神が安定するまでは、発作的に自殺するかもしれないと思われたらしい。
ここが何階かはわからないが、窓から見える風景から低層階でないことは確かだ。
飛び降りれば死ねる。
そう思ってベッドの上から空を見つめた。
遥の精神状態が予想以上に不安定ということは、あの男にも伝えられたらしい。翌日再びやって来た時、男の態度はずいぶん軟化していた。
「すっかり体調を崩してしまったそうだな。激しすぎたか。催淫作用があるジェルだったから体に負担もかかっただろう。済まなかったな」
ベッドの端に腰をかけ、手を伸ばしてくる。びくっとした遥の髪を男の手がそっと撫でる。
遥はその手の感触に奇妙な懐かしさを覚えた。しかし、なぜかはわからなかった。
意を決して要求した。
「拘束を解いてくれ」
「それはできない」
「なぜ?」
男の手が止まった。
「お前の精神が安定していないからだ」
遥はせせら笑った。
「あんなビデオ見せられて、安定してたまるか」
「一理あるな」
男の手が離れていった。
「それから拘束を解いたとしても、この部屋から今は出すことはできない。お前と縁を切ることもない」
それだけ言うと、男は寝室を出て行った。
遥は自分がいったいどう扱われているのかがわからなかった。
自分を犯した男の名前も、どんな立場の人間なのかもわからない。世話係の男の「社長」という呼びかけすら、本当なのかどうかも。
拘束をとかれた時に向け、遥は体力を温存することにした。背に刺青をされた時と同じだ。無駄に逆らっても意味がない。
世話係の男は遥のようすを常に監視している。遥がベッドから降りただけでいつの間にか寝室の入り口に立っているほどだ。
監視カメラがあるのか?
今度は前のようにはいかないと気づかされた。
しかも窓やガラス戸のロックはすべて通常のものの他に鍵の必要なものが追加された。窓を開けるのはその鍵を持つ世話係の男だけで、しかもいつも開ける場所は一カ所、窓の傍らに男が立って、遥を近づかせなかった。
くそ!
このままでは到底自殺すらできない。
住むところを与えられ、上等の服を着せられ、遥が今まで口にしたこともない美味い食べ物を与えられている。
考えようによっては、信じられないくらい贅沢な暮らしだ。
ただ、遥にはどうしても納得できないことがあった。
一連の出来事の理由を知らされていないということだ。
突然、拉致されて特殊な刺青を施された。
逃げたら、三年後に連れ戻された。遥が逃げ回っていた時間の分、あの社長という男たちも遥を追っていたのだ。
そして、無理矢理催淫剤を用いてまで行われるあの男とのセックス。
いや、あれはレイプだ。
遥の人格を全く無視してすべてが回っているのに、その理由の一端すら遥は知らない。
遥が要求されていることは、愛人に近い。愛人であるのならば、あの男とするセックスに対して庇護や対価が支払われるのは理解できる。
だが、もし遥がただの愛人ならば、これほど遥の自殺を恐れるだろうか。二十四時間監視するだろうか。
(いったい俺は何に巻き込まれているんだ?)
開かない窓から空を眺めながら考える。
しかし、いくら考えても答えは出ない。
ただここに住まわされ、服をあてがわれ、食事を与えられるだけだ。
そして、ときどきあの男がセックスしに来る――ただ、それだけしかない生活だ。
(俺は、飼われているのか?)
囲われているのではなく、檻に閉じこめられて飼育されている。
限りなく整えられた人工的な環境は、珍獣に与えられているものと大した違いはない。
珍獣は、自分がそこにいることを「なぜ」と問わないだろう。
遥は獣ではなく、人間だ。
理由を知らなくては、いつまでも不安のまま暮らさなくてはならない。
(これは決して不安じゃない。怒りだ)
(父さんとの約束を破らされたことを俺は決して許さない)
遥は唇をきつく噛みしめた。
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