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 加賀谷が両手を組んだ。 「私の一族には伝説がある」  そう言って話を始めた。 「人がいいばかりに財産を奪われた男がいた。飢えて今にものたれ死にしそうだった男は、だました相手を呪い、自分を呪った。そんな男の夢枕に、金色の衣をまとった怪しい男が立った。明日通りかかった女を捕らえ妻にしろと。そうすれば道は開ける。やがて娘が生まれるが、その娘が七つになったら七年間私に預けろ。私の印を残して返す。次の七年間をお前たち家族のもとで貞節に過ごした後、娘を私の妻に迎えたい。その約束を守るのならば未来永劫の幸を保証すると、金色の衣の男は言った。男は言われたとおりにすると約束した」  遥は不信感をあらわにして、加賀谷を見つめる。  しかし加賀谷は静かに昔話を続ける。 「男は金色の衣の男に言われたとおり、女を無理矢理に妻にし、娘が生まれた。たいそう見目麗しい子どもだったが、七つの時に姿を消した。約束のことを忘れていた男は妻共々必死に探した。手がかりすらも見つからなかったが、娘は七年後に更に美しくなって帰ってきた。ただ、その体には奇妙なあざができていた。そこで男はやっと自分が交わした約束を思い出した。約束どおりならば七年後にはまた娘を手放さなくてはならない。だが衣通り姫の再来とまで言われる美貌をまわりの者が見逃すはずもない。得体の知れない男に渡すより、身元のしれたお金持ちのもとに嫁がせた方がよいと考えた男は、娘が十六の時に縁談をまとめてしまった」  組んでいた手を加賀谷がほどいた。 「娘が嫁いだ後、約束の年にあの男が現れた。男は娘は死んだと告げると、男はうなずきこう言った。不浄の身ゆえ食ろうてやったばかりだと。呆然とする男の前で男の体はかき消えて、一羽の輝ける(おおとり)が現れた。娘の産んだ女の子が七歳になったらまた連れてゆくと。男は娘の婚家に子どもをさらいに来る者があると伝えた。当然その家では娘を守ろうとした。約束の年、娘の婚家から知らせが届いた。金色の衣を着た男が屋敷の奥深くに現れ、孫娘はその男共々輝く鳥になって飛び立ったと言う知らせが」  遥は首を振った。 「何の話かさっぱりわからない」  加賀谷は遥の言葉には答えなかった。 「その後、男は不幸に見舞われ続けて、失意のうちに亡くなった。だが、その男には息子もいた。息子は父が瑞鳥との関わりを自ら断ったがゆえの不幸だとわかった。息子は金色の衣の男を捜し求め、父の非を詫び自分の娘を差しだした。瑞鳥は娘を受け取り、姿を消した。二度と娘は戻ってこなかったが、男の家は繁栄を取り戻した」  加賀谷が遥をじっと見た。 「今の話をどう思う?」 「ひどい父親だ。それから、あんたがなぜ延々その話を俺にするのかさっぱりわからない」  加賀谷が脚を組み直した。 「鳳凰というのは、一羽を指す言葉ではない。雄の鳳と雌の凰のひと(つがい)で鳳凰という。伝説の男が出会ったのは鳳だ。だから凰を求めていた。私の家は代々鳳に対し、凰を捧げてきた」 「はぁ?」  この男は正気なのか?  遥は急に不安になった。  それを察したかのように、加賀谷が言葉を続けた。 「無論現実に鳳と出会うことなどない。その代わりとして当主を鳳とみなす。そして凰は鳳凰を完成させる。当主はこの家の象徴だから、凰はその守護者だ。多くの場合、当主の母や妻や娘が凰となる。それがかなわぬ場合は、別の人物がその役を務める」  奇怪な物語の意味が徐々に見えてきた。  遥は唇をかみしめる。  加賀谷の言葉は淡々と続く。 「極めてまれに凰のあざを持って生まれる者がいる。私の母がそうだった。分家の出だったがすぐに本家に迎えられて育ち、跡取りだった父と結婚した。生まれてからずっと加賀谷家の守護者だった」  加賀谷が言葉を切った。そして遥の目をじっと見つめてから、言った。 「三年前に急死するまで」

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