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ベッドに寄せて敷かれた半円のラグの上に座り、ベッドに背をもたせかけて、窓の外の空をながめる。
(本当に俺が鳥なら、飛んでいってしまいたい)
そんならちもないことをぼんやりと考えていた。
加賀谷から「御 披露目 」のことを聞かされて以来、遥は沈み込んでしまう自分をどうにもできなかった。
あの晩から二日が経っている。その日は徐々に近づいてくる。
加賀谷の言う「一族」の前で加賀谷に犯される。それだけでもいやでたまらない。それなのに、もしその時射精できなかったらその場にいる他の男たちに輪姦される。
どうしてそんなことをされなきゃいけないんだ?
叫びたい衝動に駆られる。
しかし、そんな理屈が通る連中ではないことはよくわかった。
当主たる加賀谷自らが遥を凌辱し続けてきたし、桜木も遥の気持ちにある程度の理解は示しているものの、やはり遥の見張りに徹している。
誰も遥を助けてもくれないし、守ってもくれない。
それに耐えなければ、加賀谷は父の遺骨をどうしたかを絶対に教えてはくれないだろう。
父は結局男とセックスすることを受け入れなかった。受け入れていたとしたら、何度も仕事を替えはしなかったろう。
変わった仕事の数だけエスカレートする暴力に身をさらしていた――おそらくは、そういうことだったのだ。
父の体に傷は何度も見た。ひどいときは顔を腫らして帰ってきたこともある。
それでも父は大丈夫だよと言って微笑んだ。
遥を残して死のうとしたことを、ずっと悔いていた。だから二度と遥を置き去りにするようなことはなかった。
(とても弱い人だった)
(でも、とても強い人だった)
(とてもやさしかった。俺を大切にしてくれた)
(それなのに)
今の遥は加賀谷によって男とセックスして快感を得られるように変えられてしまった。もう否定のしようがない。
それでも見せ物にされるのは違うと思う。
加賀谷自身はそれに慣れているのかもしれないが、遥にはなぜそんなことをしなければならないのかわからない。遥に刺青をし、手込めにしただけではまだ足りないと言うのか。
本当に絶頂まで上り詰めることができなったら、輪姦されるのか?
何度か桜木には訊こうと思った。しかし、桜木は答えないだろう。必要以上に自分たちのことを話すことを禁じているようだ。
だから、昨日差し障りのない訊き方をしてみた。
「前の凰は、あいつの母親だったというのは本当なのか? あざを持って生まれた?」
「はい。隆人様のお母さまの奏恵 様でした。お生まれになったときから背に凰の形のあざを持っておいでだったそうです」
「御披露目ってのはしたのか?」
「おそらく。凰の代替わりは大切な出来事ですから」
「その人が生まれたときには、別の誰かが凰だったんだよな」
「さようです」
「代替わりしたと言うことは、その人は凰でなくなったんだよな。その後はどうしたんだ」
桜木が考え込んだ。それから申し訳なさそうに遥を見た。
「そこまで詳しくは存じません。なにぶん私も生まれていない頃のことでございますから」
答えられないことならば答えられないと言う桜木が、知らないと答えたと言うことは本当に知らないのだろう。
桜木が嘘をついているとは思えなかった。
ラグの上に遥は寝転がる。
その日、その場面のことを考えると、食欲もなくなり、眠るのも怖くなる。
いらいらするときがあるかと思えば、今のように沈み込んで他には何も考えられなくなるときもある。
ため息ばかりついてしまう。
遥の体調を整えるために、毎日あの医者が現れる。医者は桜木に亮太郎先生と呼ばれていた。やはり一族の者であるらしい。
ここへ来ると医者は遥の健康をチェックし、必要に応じて遥に点滴をする。
遥がここへ連れてこられた当初と同じだ。
あの時と決定的に違うのは、遥が暴れないということだ。
暴れても、その時はやってくる。
だから大人しくしている。無駄に体力は使わない。それでなくても監禁されていて、体力が落ちているのだ。
しかし、そう思っては見るものの、発作的に叫びたくなる衝動は相変わらず遥を襲う。
息苦しくなる。
立ちあがると、桜木を探しに行った。
「ねぇ、窓開けて。気が狂いそうだ」
玄関脇の桜木の部屋――遥はのぞき部屋と呼んでいたが――から桜木が出てきた。
「承知いたしました」
先に立つ桜木の後から寝室に入る。
桜木のズボンのベルト通しにチェーンがつなげられていて、窓などの鍵はそこに束ねられている。
桜木が寝室の窓の鍵を選んでいた時、遥はおやと思った。
「今、何か見えた気がする」
「どこに、何を見たのですか」
振り返った桜木の顔が険しかった。遥の方がたじろいでしまう。
「え、見間違いかも……」
「遥様!」
「あ、ひさしのところから、何か紐のようなものを見た気が……」
桜木が遥の体をベッドに突き飛ばした。
勢いがつきすぎて遥はベッドの上を転がる。
カーテンを乱暴に引く音がした。遮光されて薄暗くなる。
「そのまま向こう側へ隠れて!」
桜木の頭がおかしくなったかと思った。が、あまりの剣幕に広いベッドの上を乗り越えて、遥は向こう側へ降りた。
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