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その時、カーテンの隙間から影が見えた。
「え?」
「伏せて!」
慌てて頭を下げた瞬間、ガラスの割れる音がした。続いて何かがぶつかる音が立て続けに響く。
カーテンがはためくのか、室内が明るくなったり暗くなったりする。
「この――」
桜木が低くつぶやいた。
争う物音に遥は体を強ばらせる。
いったい何が起きているんだ?
すぐ側の争い以外に玄関の方でも何か騒いでいる。
間近で聞こえる気合い、肉を打つような音、ガラスを踏みにじる音に遥は震えだしていた。
「えいっ」
桜木の気合いの直後、ばたっという音を最後に、動きが止まった。
「俊介!」
聞いたことのない声が足音とともに耳に飛び込んできた。
「もうすんだ。任せる」
落ち着いた声で桜木が言った。
「来い!」
知らない誰かが賊に命じている。
本当は、見てみたかった。
しかし遥は動けなかった。
腰、抜けた? まさか?
改めて自分を見てみれば全身がまだ震え続けている。抑えようとしても、止めることができない。
遥は膝を抱えた。
「ご無事ですか?」
桜木がベッドを回ってやってきた。
桜木を見上げた遥は絶句した。
その頬は真っ直ぐの傷を負い、血がにじんでいる。
足はもっと悲惨な状態だ。黒靴下がところどころ破れ、血のあふれる傷口がのぞいている。
呆然としている遥に、桜木が微笑んだ。
「乱暴にして申しわけございませんでした」
「俺のことより、その傷。早く医者行けよ」
桜木は自分の足を見て「ああ」と言った。
「申しわけございません、カーペットを汚してしまいまして」
「馬鹿!」
思わず怒鳴っていた。
「カーペットの心配より、自分の足の心配をしろ」
「すぐに亮太郎先生が来てくださいますから。大丈夫です」
にこっと桜木が笑う。
遥は顔を歪めた。
なんなんだ、こいつは?
突然嗚咽がこみ上げた。また子どものように泣いてしまう。我ながら情けないと思うのだが、コントロールできない。
「ご心配をおかけして申しわけありません。でも足の裏はきちんとガードしていますから大丈夫なのですよ」
涙ににじむ目で見上げる遥の前に桜木がひょいと足の裏を上げて見せた。
よく見えなくて、目をこする。
滑り止めの付いた靴下、に見えた。
「室内戦闘用に開発中なのです。まだ改良の余地はだいぶありそうですが」
桜木は微笑んでいる。
遥は桜木を見上げた。
「あんたは、何者なんだ?」
「桜木俊介です。今は遥様の護衛を命じられております」
やはり当たり障りのない答えしか返ってこない。この男に命令できる加賀谷のみが、桜木から情報を取り出せるのだろう。
ただ、わかったことは二つある。
桜木は、遥が逃げ出さないように見張っているのではないらしい。
そして、遥は狙われている。
遥が狙われる理由を、桜木は絶対に答えてくれないだろう。
「ガラスを入れさせ、ここを片づけます。しばらくリビングの方でお休みください」
桜木が遥の体に腕を回し、ひょいと抱き上げた。
突然のことに驚いて落ちそうになる。
「大人しくなさってください。ガラスがありますから、歩いていただくわけにはまいりませんよ」
とはいえ、大の男が横向きに抱き上げられるのは非常にきまりが悪い。
遥は唇をかみしめ、リビングのソファに降ろされるまで目をきつくつぶり続けた。
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