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加賀谷が姿を見せたのは、深夜だった。
桜木と話をしている小声が寝室まで届いた。さすがに内容は聞き取れない。
おそらくは報告だろう。
そんなことを思いだしていると、加賀谷が寝室に現れた。
まず遥の全身を見渡し、それからカーテンを少しだけ浮かせて、ガラスを確認した。
加賀谷がベッドに歩み寄り、腰を下ろした。遥の頬に触れる。
遥は加賀谷の目を見つめ、言葉を待った。しかし、加賀谷は何も言わない。ただ、遥の頬を親指の腹で撫でている。
遥の方が焦れた。
「どうして襲撃されなきゃいけないんだよ」
「それだけの価値をお前が持ったと言うことだ」
加賀谷の声は静かだった。ただ、眼差しがいつもと違う気がした。瞬きもせずにじっと遥の目をのぞいてくる。
「俺に価値なんてあるか。あるのは背中の刺青だけだろう?」
自嘲の言葉を吐く。
「その通りだ。だがそれはお前から離れることはない。背の凰はお前がいて初めて浮き上がり、舞うことができる」
遥は思わず顔を歪めた。
うなじに差し入れられた手で上向かされた。唇が近づいてくる。
「怖かったのか?」
加賀谷の胸の手を当てて、口づけを拒む。
「怖かったに決まってるだろう? わけもわからないまま、殺されるかもしれなかったのに」
「そうだな。今日は俊介が側にいることを承知で来たのだから、殺すつもりだったな」
無理矢理に抱きしめられた。
「やだ。なんで……」
重ねられる唇に、遥はもがく。
加賀谷が皮肉っぽく笑った。
「そんなに私にキスされるのはいやか?」
「だって……」
声が小さくなってしまう。
「キスなんか、したことない、から……」
加賀谷がひどく驚いた顔をした。抱擁が解かれて、改めて顔をのぞき込まれる。
「キスくらいしたことはあるだろう?」
遥は憮然として加賀谷を見返した後、視線を落とす。
「……ないよ」
「は?」
遥は視線だけを加賀谷にもどし、早口に言い返した。
「この前あんたにされたのが初めてだよ。笑えよ。貧乏でアルバイトに精を出さなきゃいけなかったから、恋愛なんか考える余裕なかった。キスどころか、誰かを好きになったこともない。悪かったな」
沈黙が訪れた。
遥はまっ赤になっているであろう顔を加賀谷に見られたくなくて、下を向いた。
加賀谷がため息混じりに言った。
「……とんだ奥手の坊やだ。仕方ない」
ふわっと抱きしめられた後、遥の両の頬が加賀谷の両手に包まれた。そのまま上向かされ、唇をまた合わせられる。
「あっ」
ついばむように何度も繰り返しキスをされる。
「や……、なん……、ん……」
遥は加賀谷の腕をきつく握りしめていた。
唇の触れ合う合間に加賀谷が言う。
「したことがないなら、練習しないとまずいだろうが」
言葉とともに唇をかすめる息に遥は身を強ばらせる。その遥の体を包み込むように加賀谷の腕がまわされた。
「どうし、あ……」
ベッドの上に押し倒されて、また唇をふさがれる。
唇が離れた後、遥を見つめる加賀谷が言った。
「何もしなくていい。素直に感じていれば、それでいい」
もう一度、唇が押し当てられた。そして、温かいものが唇に触れた。
びくっとすくんだ遥をなだめるように、加賀谷の手が遥の頬や髪を撫でる。
遥はこわごわ唇を開き、それを受け入れた。
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