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浴室から戻ってきたときにはすっかり疲れ果てていた。
「遥? 眠いのか?」
いつもと違う加賀谷の優しい問いかけを不思議に思いながら、こくっと頷いた。
「そうか。無理をさせたな。ゆっくり眠れ」
髪を梳かれている。額にキスもされた。
(な、ぜ……やさし……?)
遥は眠りの中へ滑り落ちてしまった。
だから、遥の目の前に加賀谷の寝顔があったとき、心の底から驚いた。
なんでいるんだ、この男が?
しかも遥はその加賀谷の腕の中にいた。加賀谷を起こさずに抜け出ることは難しそうだ。
まだ朝までは時間があるらしい。
深いため息をついた。
最初の混乱から抜け出ると、加賀谷の顔をしみじみとながめた。
ひとつひとつのパーツがそれなりに形が整っていて、全体として男らしい顔だ。少なくとも不細工ではない。
それに眠っていると遥を威圧するような雰囲気はなく表情も柔らかい。ただの男だ。
そして、この男の体は温かかった。
こんなふうに人と寄り添って眠ることなど今までなかった。人の体に触れることも少なかった。
病気にむしばまれた父が苦痛に苦しむときに抱きしめたことくらいしか遥は思い出せない。
温かくて、眠くなる。
遥はまたまどろみの中に戻っていった。
異様な感覚に目が覚めた。身をよじろうとして、動けない。
目を開けた遥の目に飛び込んできたのは、胸元にある男の頭だった。
異様な感覚は乳首からだった。片方をなめられ、片方を爪でいじられている。逃げられないように、手首をベッドに拘束されている。
「や、めろ、よ……」
加賀谷が顔を上げた。
「おはよう」
にっと笑うその唇が唾液に濡れている。
「朝からなにしやがる」
「愛撫だ。知らないのか?」
爪でいじり回される乳首から全身の隅々に広がる感覚に遥はもがいてしまう。
「んん……、あっ、くぅ……」
加賀谷の頭が胸に戻り、遥の小さな乳首を再びしゃぶる。
濡れた音がいやでも遥の耳に入ってくる。
「なん、で、まだいる、んだよ、んっ」
答えはない。
加賀谷がここに泊まったことは、今まで一度もなかった。
遥は加賀谷の言う「愛撫」をされながら、早くこの男がいなくなることを必死で願った。
着替えをすませた加賀谷が、ベッドから起きあがれない遥に言った。
「これから披露目の当日まで、毎晩ここへ泊まる。そのつもりで仕度をしておけ」
言っても無駄だとはわかっていたが、遥は言い返した。
「毎日こんなにやられたら、身が持たない」
加賀谷が噴いた。
「年よりじみたことを言うな。まだ二十四だろうが」
加賀谷がベッドの遥のもとに近づき、頬に手を当てた。
「大人しくしていろ。帰ってきたら、またたっぷり可愛がってやるから」
唇に笑んだ唇を押し当てられ、舌で舌を弄ばれ、吸われて、遥は呻いた。
加賀谷が苦笑し、髪を撫でた。
「キスで呻くな。感じろ。では行ってくる」
加賀谷が寝室を出て行った。
遥は肺の酸素を吐き尽くすような深いため息をついた。つきながらも以前ほどの拒否感がないのも思い知らされた。
すぐに湊が姿を見せた。ふだんと何も変わらない表情だ。
「おはようございます。ご入浴の準備が整っておりますが、お入りになりますか」
遥は湊を上目に見上げる。
「なんで平気なんだよ」
「は?」
湊が驚いた顔をした。
恥ずかしさに八つ当たりするには湊は格好の獲物だった。
「朝っぱらから男にやられてぐったりしている、へ、変態に向かって、なぜにこにこしていられるんだよ」
湊が不思議そうに答えた。
「申しわけございません。遥様はご自分がおっしゃるような方ではないと思っておりますので。お気に障りましたか」
「おっしゃるようなってなんだよ? 俺は変態じゃないって、そういうのか? 手首縛り付けられて、男相手に突っ込まれてよがってる奴が変態じゃないというのか」
「はい」
きっぱりと湊が大きく頷いた。そのあまりの影のなさに遥の方が戸惑った。
「遥様は隆人様にとって特別のお方です。遥様がお戻りになってから生気が戻られ、お元気になられました。隆人様には遥様が必要なのです」
湊がにっこりと笑っている。その真っ直ぐな目に見つめられ、笑顔を見ていると八つ当たりをしていた自分が恥ずかしく思えてきた。
「もういい。わかった。風呂に入る」
熱くなってしまった頬を隠すように話を断ち切って、そろそろと身を起こした。
体の中に残されたものを感じる。
「これをお使いください」
湊がタイミングよくタオルを差し出してきた。桜木のアドバイスか?
「ちょっと向こうむいてて」と湊の視線を外させると、あふれてくるものを自由に歩ける程度まで掻きだした。
こんなことにまで慣れてしまったのに……
複雑な思いを抱えてベッドから降りると、タオルを差し出された湊の手に返し、まだ残っている分が降りてくるのを堪えて、浴室へむかった。
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